2019年パリ&モン・サン・ミッシェル旅行記 Vol.4 ルーブル美術館でエジプト文明に驚愕し、ヨーロッパ美術に安心する巻
2019年夏パリ4日目はルーブル美術館です。ルーブル美術館と言うと、ルネッサンス時代の絵画や彫刻が注目されますが、いわゆる中近東に遠征してエジプトからふんだくってきた美術品などもたくさんあります。この中近東の文明については全く僕も手つかずだったこともあって、今回のルーブル美術館はまずエジプト文明を見てみようということでやってきました。
Contents
ルーブル美術館に入場する
前回ルーブル美術館に来たときは、カルーゼル凱旋門に地下の入口があるので、そこから入場しました。なので、今回もカルーゼル凱旋門の入場口に行きましたが、中に入れず。結局王道のピラミッドの入口に並ぶことになりました。ピラミッドのところに行くとすでに長蛇の列…。
それでも予約もしていましたし、パリ・ミュージアム・パスもあったので、スムーズに入場出来ましたよ^^
初めてルーブル美術館のエジプト文明を体験
ルーブル美術館には
- リシュリュー翼
- ドゥノン翼
- シュリー翼
の3つの入り口がありまして、古代エジプトはシュリー翼から入場します。
シュリー翼のエスカレーターを登って、入場すると、中は幻想的な雰囲気でした。
更に進んでいくと、ドアがあり、ドアから見えるレンガの壁が見えてきます。
中に入っていくと、荘厳な感じの壁が見えましたが、こちらはルーブル宮殿の地下室でして、
12世紀にカペー朝第7代のフランス王フィリップ2世(在位1180年 – 1223年)が要塞として建設したルーヴル城に基づいたルーブル宮殿の地下室になります。当時の状況について説明のイラストもありました。また、ここでは書けませんでしたが、当時の様子のCGも見ることが出来ました。
ルーブル宮殿が外壁の前の通路をずっと歩いていくと、古代エジプト文明ブースの入口になるのですが、その入口に鎮座しているのが「タニスの大スフィンクス」です。
ルーブル美術館のウェブサイトによると
このスフィンクスにはアメンエムハト2世(第12王朝、前1929-前1895年)、メルエンプタハ王(第19王朝、前1212-前1202年)、シェションク1世(第22王朝、前945-前924年)の名前が次々に刻まれたが、いくつかの詳細部分を手がかりに、さらに遡った古王国時代(紀元前2600年頃)のものだと主張する考古学者達もいる。
というもので、もし古王国時代のものだと4600年前のもの!ということになり、本当にそうであれば、すごいことだと思いますね。
更に進んでいくと、頭の形がスフィンクスにいた像がありました、「祈るネクトホルヘブの彫像」です。
「祈るネクトホルヘブの彫像」は、末期王朝時代、第26王朝、プサメティコス2世(プサムテク2世)治世下(紀元前595-前589年)とされています。この彫像のネクトホルヘブは第26王朝時代のプサメティコス2世(プサムテク2世)(紀元前595-589年)治世下で生きた高官で、ヘルモポリスとデンデラの守護神トトに祈りを捧げているところだそうです。これも紀元前600年ということですから、いまから2600年近く前のものです。古すぎる。
「ホルス神の彫像」第3中間期、前1069-前664年。ルーブル美術館のウェブサイトによると、
ハヤブサの頭と人間の体を併せ持ったホルス神を表しているこの彫像は、三人の人物を表現した彫像の一部であったと推測される。おそらくホルス神とトト神が王を囲み、清めの儀式を行っているところが表されていたのだろう。ホルス神は、前方に挙げた両手の中に、今は消失してしまったが、聖水が入った器を持っていたと思われる。
というものです。こちらも保存状態が良いので、とても古くても3000年前のものとは思えません。もう少し歩くと、スフィンクスがありました。
このスフィンクスには彫像が多くありまして、
「スフィンクスの参道」末期王朝時代、第30王朝、ネクタネボ1世の治世下(紀元前378-前361年)またはプトレマイオス朝時代初頭(紀元前305-前246年)
「サッカラにあるセラペウム礼拝堂入口を守衛するライオン」 ネクタネボ1世治世下、第30王朝(前378-前341年)サッカラ、セラペウム出土
左上の顔は「アメンヘテプ3世の巨像の頭部」中央に見える足は「アメンヘテプ3世の名を刻む巨像の足と台座」どちらも第18王朝、紀元前1400年頃 コム・エル=ヘイタン(西テーベ)アメンヘテプ3世神殿出土のものです。
左「アンテフ王・セケムラー =ヘルウヘルマアトの棺の蓋」第2中間期、第17王朝、前1650-前1550年頃ドゥラ・アブ・アル=ナガ(エジプト)?
次の2つの美術品は、調べてみてもよくわからなかったのですが、何かすごく息吹を感じたので、写真をアップします。
息吹というと、この「男のミイラ」です。プトレマイオス朝時代、前332-前30年
よく映画などで「私の眠りを妨げるのは誰だ〜〜」みたいなのがありますけれども、まさにそういう雰囲気のミイラでしたね。このミイラの後ろには、木棺や石棺が陳列されていて、圧巻としか言いようがなかったです。
「婦人マジャの棺」デール・エル・メディーヌ出土 新王国時代(紀元前1570年頃 – 紀元前1293年頃)
色使いが美しいです。
「ベス神の彫像」第30王朝、ネクタネボ2世治世下(前358-前341年)サッカラ、セラペウム、ネクタネボ2世神殿中庭から出土
この神様はずんぐりむっくりしていますが、ルーブル美術館によると、人を寄せ付けない恐ろしい容姿をしたベス神は、どんな不吉な力をも潰走させてしまうため、大変人気があり、頻繁に描かれている神である。ベスの図像は、寝室など家の部屋の壁によく飾られた。眠っている人を守ると信じられていたので、寝台や頭支え(枕)の上によく飾って置かれていた。
特に妊婦を守ってくれる神様なんだそうです。
ここまで来て古代エジプトの迫力というか、それこそ故国エジプトから持ち去られたエジプトの財宝やミイラは木棺や石棺でお腹いっぱいになってしまい、西洋美術のブースに移動しました。
さすがに安定の西洋ブース@ルーブル美術館
さすがにルーブル美術館の西洋美術の展示品は、充実していて、エジプトの財宝から感じた息吹みたいなものは感じないということもあって、落ち着いて見ることが出来ました。
まずはアルテミスと雌鹿
こちらはケンタウルス像ですね。
いずれも紀元前の作品ですから、2000年以上前のものが目の前にあるというのは、すごいことです。ルーブル美術館は古代エジプトでもそうでしたが、いわゆる文明が開かれた頃のものの美術品、ヨーロッパ周辺のものに関して、すごい量と極めて高い質のものが展示されています。そして、ミロのビーナス。
思ったほど、多くの人に見られていませんでしたが、ミロのビーナスに至っては、紀元前5世紀ということになるので、2500年前のものということになります。しかし、凄いな。
で、その後更に歩いていくと、ダリュの踊り場の階段下に到着して、サモトラケのニケさんに再会しました。ニケさんは見る場所よって当たり前のことですが、見え方が全く違ってきて、この場所にニケさんを設置したというのは、ルーブル美術館のグッドジョブとしか言いようがないと思いますね。
なんと、ラッキー。誰も集まっていないところでニケさんを撮影することが出来ました。
この写真がいかにラッキーなのかというと、次の写真を見てもらえばわかりますが、サモトラケのニケさんはずっと記念撮影状態になっています。
チマブーエの「聖母と天使たち」です。制作は1270年!ごろだそうで、彫刻などは古くても、大事に保管していればきれいに残っていると思いますが、絵画で13世紀のものというのは凄いですよね。ゴシックとルネサンスの橋渡しの位置にあるとされているそうなんです。
そしてレオナルド・ダ・ビンチの作品が続きます。まずは「洗礼者ヨハネ」1513年頃。
「聖アンナと聖母子」1512年頃
アルチンボルドの四季。
左上が「冬」、右上が「秋」、左下が「夏」、右下が「春」です。
次にドラクロワの作品です。まずは、民衆を導く自由の女神。
この絵画の隣に、見慣れない虎の絵画。調べてみると、こちらもドラクロワの作品でして、「母虎と戯れる子虎」
そしてモナリザです。モナリザは、今はイタリア美術の部屋ではなく、ルーベンスの描いたメディチ家のギャラリー内にあります。リシュリュー棟の2階、部屋番号801番です。
モナリザも素敵ですが、ルーベンスの大作の絵画達もなかなかの迫力でした。また、モナリザは並んで見るので、自分の番に来ると、ほぼ完全な形で鑑賞することが出来ました。これはとてもいいんじゃないかなあと思いました^^
ここまでドアップでモナリザを撮影したのは、今回が初めてでした。
こちらはレンブラント『ダビデ王の手紙を手にしたバテシバの水浴』。
ヘリット・ファン・ホントホルスト「演奏会」。この絵は陽気な感じで凄く好きです。見た感じがとても明るいのですが、1624年。
こちらはルーブル美術館のリンクも張っておきます。
「演奏会」
フェルメールの「レースを編む女」と「天文学者」は安定した素晴らしさ。しかし、どうしてオランダの絵がフランスの美術館にあるんでしょうか。
ランチはアンジェリーナ@ルーブル美術館
とにかくルーブル美術館はものすごく広いので、普通に鑑賞するだけでも数時間かかります。また、出来るだけ並びたくないので、開場時間に入場するようにしているので、9時からルーブル美術館にいるということもあり、お昼になると、やはりお腹が空きます。そのため、ルーブル美術館内のレストランを使うということになり、手軽という点でもお、アンジェリーナに入るしかないのです。
今回食べたのは、こちら。
このレストランは、アンジェリーナのルーブル美術館支店で、食事は結構美味しいです。ただ、トリップアドバイザーのリンクを張っておきますが、店員の態度がすごく悪いです。ちゃんと教育されてないんじゃないかというくらいひどいホスピタリティで、ルーブル美術館やアンジェリーナというブランドを大きく傷つけるもので、これはなんとかしないと世界的な恥になりかねません。もちろん、僕ももうリピはないっぽいです。
カフェ・リシュリュー・アンジェリーナ(トリップアドバイザー)
再びルーブル美術館を楽しむ
ご飯を食べた後ピュジェの中庭に来ましたピュジェの中庭は、前回(2018年)も来たのですが、とても雰囲気がいいですし、美大の学生らしき若者が写生をしていました。
しばらくすると、ハンムラビ法典に到着。
メソポタミア文明の象徴とも言えるハンムラビ法典ですが、これも紀元前1792-1750年ですからね。こういうちょっとあまりにも古いものが目の前に見ることが出来るとというのは、まさにルーブル美術館ならではと思います。
そして人面有翼牡牛像 ラマッス。こちらも前回圧倒されましたけれども、相変わらずの迫力でしたよ^^
このときで時間にして14時くらいかな。翌日、モン・サン・ミッシェルに行くので、ルーブル美術館を切り上げました。ルーブル美術館から出ると、真っ青な青空でした。
夕飯はブイヨンシャルティエ@モンパルナス
この日の夕飯は、モンパルナスにあるブイヨンシャルティエに行きました。
ブイヨン シャルティエ モンパルナス(トリップアドバイザー)
このレストランは面白くて、注文した内容はテーブルクロスに書き込んでいくんです。
頂いた食事はというと、白菜らしき野菜とブルーチーズのサラダ。これは抜群に美味しかったですね。
これは普通にパン。手を付けなかったかも。
異常にしょっぱいサラダ。個人的にはこういうのが好きなので、良かったです^^
ミートソースは微妙。
相方はチキンのソテーを頼んだのですが、こちらも微妙だったようです。
以上、この日はおしまい。翌日は、この旅行のメインイベントになります^^
なお、このブログを動画でもまとめていますので、興味のある方はぜひご覧ください。