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懐の深さ

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ITとか金融に凄く目立つんだけど、小利口なやつって多いんですよ。小利口な奴に限って言えてることは、やたら横文字を使いたがる事ですね。僕は今はITにいるし、以前は金融の世界にいたのでよく判る。具体的には検索大手のG社とかね、急激に駄目になったS生銀行とか最悪です。

話は変わるけど、古い人の文章を読むのが好きです。古いと言っても、明治生まれだったり、大正生まれだったり、僕の世代からすると、祖父母の世代の人達。

宇野千代さん

前にも書いたけど、宇野千代さんというおばあちゃんがいます。おばあちゃんと言っても15年くらい前に亡くなってるんだけど、100年という生涯で4回結婚し、3回位破産している。時代が時代だったからということもあるけど、明治という僕らから見たら厳しい時代にもの凄く奔放に生きたおばあちゃん、すごいなと思うのです。

今東光和尚

いま、本人が自ら書いた自伝で「生きていく私」を読んでますが、今、ちょうど2回目の結婚をしたところを読んでまして、またまた、僕の大好きな今東光和尚が登場している。昔の文人というのはそういう交流というのがあったんですかね。宇野さんは、当時の和尚のことを次のように書いてます。

いまでも、この話をすると、人々は信じないが、その頃の今東光は絶世の美少年であった。色が抜けるように白く、きれいな、大きな眼をしていて、真っ黒な髪がふさふさと生えている今東光を想像して貰いたい。ただ、髪の毛のがあるのとないのとの違いだけで、こんなにも印象が違うものであるが、私はこの時の東光を見て、何と言うきれいな人が、と思ったものであった。

和尚は、晩年は破戒坊主のようだったけど、僕の大好きな瀬戸内寂聴さんの奇縁まんだらで、和尚さんの若い時のイラストが載っていたなあと思い、本をめくったら、あったあった。晩年の今和尚はこちら。好々爺になっちゃった。

この今東光和尚も、2冊しか本を読んだことがないけど、その博学さは半端じゃない。どうしてこれだけの知識が体の中に入るのかというくらい話の内容が日本史から、密教、世界史、はてはセックスに及んでただただすごいと感じいってしまうのです。

そして瀬戸内寂聴さん

この明治生まれのじいさんばあさんとすごく仲がいいのは、瀬戸内寂聴さん。宇野さんとは似たもの同士のところがあるだろうし、和尚は寂聴さんが出家する際の師匠です。今年の日経では奇縁まんだらが復活して、体調が良くなったようで凄く安心しましたが、その瀬戸内さんが、その自書「奇縁まんだら」で宇野さんとのやり取りを書いてますが、面白いですよ。

その日、私は宇野さんに一枚の紙に書いた人々の名前を机に置いて聞いてみた。年譜や作品に出てくる宇野さんの交渉のあった男性の名簿だった。「伺っていいですか?先生、この方とは・・・」どういう御縁で、先生の小説に影響を与えたかというようなことを訊くつもりだった。ところが、間髪もいれず宇野さんの高い声が返ってきた。「寝た」私はド肝をぬかれて、次の人の名をあげた。「寝た」前より速さが加わっていた。あとはすべてネタ、ネナイ、ネタと連発である。ネナイよりネタ方がずっと多い。

ま、瀬戸内さんも宇野さんもセックスというか女の業を突き詰めちゃったところがあって、このあたりは男にとってはもの凄く女性の最も未知なところなんだけど、そのあたりを極めた二人なので、いやらしさは全く感じない。僕の親の世代からみると、淫乱というイメージがあるようですけどね。

この人達は、自分が頭が良いとか教養があるとかそういう事は絶対に出さなくて、でも、文章とかを読んでると大変な人間通で、たくさん痛みを感じる人生を送ってきたはずなのに、そう言うことは感じられず、かつ、上品さが漂うという達人としか言いようのない人達なのです。内部から湧き上がる自然の知性っていうんですかね、そういうのを感じる。

今和尚にして宇野さんにしても、日露戦争のあと位に生まれて、日本そのものは官僚国家、或いは全体主義国家ということで、歴史的にも最も暗い時代を過ごされているはずなんですが、凄く明るい。これはどうしてなんでしょう。生まれつきなのかな。

僕なんかも、一時は仕事に対してもの凄く野心があった。自分はどれだけ知識があって、どれだけすごいかということを、この前までアピールしていたりした。ここに来てずいぶん枯れてしまった。あの野心はどこに行ってしまったんだろう。それはそれでいいし、僕にとってもプラスになるんじゃないかなと思う今日この頃なのです。ただ、本はいつか出版したい。