凝り性(司馬遼太郎さんについて)
僕の母は、晩年まで僕が日大にいかなかったことをうじうじ文句を言ってうるさかった。せっかく中学から大学受験をさせないために、私立に入れてやったのに、よりによって浪人までしてしかも神奈川大学という、3流大学なんか行って、お前は何をかんがえてるんだといつも言ってました。
ま、僕もこの年になると母の言ってることはわかるし、また、母は六大学を出てるから、それだけに日大でさえ不満だったのに、よりによって神奈川大学なんて許せん!と思っていました。今の僕には十分理解できますよ。
しかも、僕は大学ではスキーばっかりやってたし、勉強は本当にしなかったんだけど、当時練馬の大泉学園という23区のハズレに住んでいいて、そこから横浜の六角橋まで通っていた。これってどのくらいかかるかというと、歩く距離を入れると片道2時間。利用する交通はというと、まず、西武線で大泉学園から池袋まで出て、そこから今度は山手線で渋谷に出て、渋谷から東横線で白楽というラーメンの名前のような駅まで行くのです。
この通学時間が結構長くて、ものすごく手持ち無沙汰になるんですよ。そこで、本を読もうということで、何を読もうかなと思って、たまたま手にとったのが、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」でして、この本がきっかけで、もっと色々なことを知りたいということになり、結局司馬さんの本は80%は読んだと思うよ。それだけすごく面白いし、この事がきっかけで読書は僕の生涯の趣味となりました。
ただ、若い時に本の読み方を間違えまして、年上の人を司馬さんの本に出てくる人達と比較しちゃったりしてしまったので、結局目上の人に対してはどなたも尊敬できないということになってしまいました。比較される方も、僕からそれこそ坂本龍馬や西郷さんとかに比較されたら、たまったものじゃないだろうし。大学の先輩とは今でもだめだし、社会人になってもだめでしたね。僕はこの年まで目上の人とあまり親密になったことがないのです。人生でふたりだけかな。その二人も今は鬼籍に入っちゃってる。
司馬遼太郎さんの本というのは、多くの作品が大河ドラマに採用されてるし、記述されている内容が、司馬さんの綿密な取材に基づいて書かれています。本来小説という作業はフィクションを作り続けることなんだけど、歴史小説の場合は過去の事実に基づいて、その中に架空の事柄を落としこむので、本当のことと虚構の世界をうまく結び付けないと、漫画みたいになっちゃう。作品自体がつまらなくなるんですが、司馬作品の場合はその間合いが実にうまくできていて、大変な力作になります。
ちなみに司馬さんがご自身の作品で最高傑作だとおっしゃっているのは、「竜馬がゆく」、「坂の上の雲」、「菜の花の沖」、「空海の風景」で、僕も前の二作は何回読んだか、わからない。「空海の風景」は、今読んでるけど、知らないことばかり書いてあり、興奮して読んでます。
僕にとっての司馬さんの好きな本は、どれも大好きなんですが、最近「空海の風景」と並行して読んでいるのは、「歴史のなかの邂逅」という文庫本で全8巻かな。この本は、短篇集で各時代の人物について司馬さんがその著作でのあとがきや何かの寄稿文を集めたもので、実に面白い。司馬さんのあとがきというのは、作品を書く上で調べ上げたけれども、本文には直接関係ないことなので書かなかったことを書いてくれるので、その時代の背景がよくわかり、歴史を知るおもしろさを教えてくれます。
例えば、明治維新で政権が変わったときに首都はどうするかという問題があって、当初京都に近いということもあって、大阪にしようということになっていたんだけれども、当時の明治政府はお金もないということもあって、首都機能を移すには膨大な費用がかかり、宙ぶらりんになっていたところ、たまたま大久保利通に匿名の文が届き、費用もかかるしこれ以上世の中を混乱させてはいけませんという、今の状況をしたためる内容だったそうです。
それをなるほどと思った大久保が、首都を江戸のままにし、そのかわり皇室には移ってもらったという経緯があったという内容。しかも、後年その話題になったときに、あの文の主は誰だったのかということになり、それは私ですと名乗ったのが日本の郵便の基礎を作った前島密だったというオチがあり、それを聞いた大久保が大感銘したという最後のオチがあったりするわけです。ま、こんな感じの内容が網羅されていて、実に面白い。
とにかく、司馬さんの知識というのは半端じゃないし、今空海の風景を読んでるけど、全く歴史的には平安時代の人のことをいろいろな文書を読みといて更に司馬さんが推理していくという、広い目で歴史を見ないと絶対にかけない内容だと思うね。それに平安時代だから、そもそも史料が近世と比べて少ないわけで、空海の人生を読み解くというのは、大変な作業だったと思う。それがたった700円ちょっとで我々は味わえるわけだから、本というのは改めてありがたいと思うね。