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#僕を構成している9枚のアルバム ポール・マッカトニー&ウィングス「ヴィーナス・アンド・マース」

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ブログを更新してないなあとずっと思っていたのですが、今日見てたら3月以降一度も更新していないことがわかりました。今はどちらかと言うとブログよりも動画作成に勤しんでいることもありますし、来日ミュージシャンがまだまだ少ないということもあって、サボっていました。で、今回からとりあえず9回にわたり、僕が音楽にのめり込むきっかけになったアルバムを順次紹介していきたいと思います。まずは、ポール・マッカトニー&ウィングスの「ヴィーナス・アンド・マース」です。

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ポール・マッカトニーを知ったきっかけとは

僕がウィングスの「ヴィーナス・アンド・マース」を知る切っ掛けになったのは、このアルバムから「あの娘におせっかい」という曲がシングルカットされ、それをがラジオで流されて、僕は身震いするほどこの曲のメロディに感動したことがきっかけでした。それはいつだったかというと、1975年。僕が13歳のときです。この「あの娘におせっかい」という曲はどういう曲かというと、

今聴いてもすごく洗練されています。この曲が多感な中学生だった僕のハートをわしづかみしてくれたわけです。今まで歌謡曲しか耳にすることがなかった少年が、深夜放送のラジオで聞いた洋楽に触れて、特にこの「あの娘におせっかい」という曲を聞いたときに、その洗練されているメロディと英語の響きがすごくマッチしていて、僕は気が遠くなるほど感動したのです。そして、次に移った行動は、「あの娘におせっかい」が収録されているアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」を買うことでした。

ヴィーナス・アンド・マースでハードロック好きのきっかけとなる

ヴィーナス・アンド・マースを購入して、レコードに針を落とすと、まずいかにもオープニン系のバラードであるアルバムのタイトル曲「ヴィーナス・アンド・マース」がかかって、このオープニングもプログレと言ってもおかしくないほどだと思うんですよね。そこから静かに終わると急に激しい感じなり、ロックショーが始まるという流れです。これがあまりにもかっこよくて、ここでも少年のハートが掴まれてしまったわけです。

You Tubeにフルアルバムが乗っていたので貼っておきますが、

ポールのライブだと、ヴィーナス・アンド・マースからロックショーに流れて、ロックショーが終わるとジェットが演奏されるという、ウィングスはポールのワンマンバンドですが、実にロック色が強くてものすごくかっこよかったです。個人的にもヴィーナス・アンド・マースはウィングスの最高傑作だと思うんですよね。このあと、スピード・オブ・サウンドが発売されて、今までロック色が強かった部分が殆どなくなってしまって、僕はここでポールファンを辞めてしまうのです。

ヴィーナス・アンド・マースのおかげで音楽的な視野が一気に広がった

ヴィーナス・アンド・マースというアルバム自体素晴らしいアルバムだったのですが、このアルバムをきっかけに僕の音楽的な視野が一気に広がりました。まずは、過去にポール・マッカトニーはどういうアルバムを出してきたんだろうということで、まずはウィングスのアルバムとソロアルバムを買いあさりました。どれも素晴らしい出来だったので、更に色々と調べていくとポール・マッカトニーはビートルズというグループに在籍しているということを知りました。(今から考えると物知らずにもほどがありますが、なんと言っても当時中学1年生でしたので^^)そこでビートルズのアルバムを聞くことで、ビートルズのことを知り、それぞれのソロアルバムを聴いたり、彼らと関係のあった人たち、例えばエリック・クラプトンやビリー・プレストン、ローリング・ストーンズなども知るようになりました。この後のことになりますけれども、エリック・クラプトンの存在を知ったのは大きかったですね。その後来日公演は見に行ったりしました。いずれにせよ、今まで音楽とかはテレビの歌謡曲や学校の音楽の時間で、受動的に聴いていたりしましたが、ポールのおかげで積極的に色々な音楽を聞くようになりました。

また、このときにポール・マッカトニー&ウィングスは、日本に来日することが決まり、それをミュージックライフが積極的に取材をして、それを知るために僕もミュージックライフを購読することになりました。この本を購入することで、ポールとは全く関係ないミュージシャン、特にディープ・パープルとレッド・ツェッペリンを知ったのが、その後の僕の音楽人生に大きな影響を与えました。