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生き死に

先週の日曜日に、Facebookに生まれたての赤ちゃんの写真がアップされました。一瞬「?」だったのですが、すぐにその疑問は氷解し、僕の学生時代の友人の赤ちゃんが誕生したというお知らせだということがわかりました。

赤ちゃんは生まれたてのほやほやで、彼の文章を読むと、娘の誕生の喜びが満載という感じで、僕まで嬉しくなってしまいました。その文章の中でそのまま引用すると

けっこう、しんどい人生で(笑
何度か絶望しかけたけど、生きててよかった

と書かれてました。

彼の場合は、田舎の御曹司で、実家も地元では大きいスポーツ店を営み、彼はその長男として会社の運営に携わっていたわけなのですが、お父上が騙されたために会社が立ち行かなくなり、それを苦に何年か前に自殺をしました。その首を吊っているお父上を、お母上と一緒に彼がおろしてあげたそうです。自分の父親が首を吊って、それを下ろしてあげる時の彼やお母上の心境を考えると言葉も出ませんし、そこまで追い詰められたお父上の気持ちを考えると、こちらもなんて言っていいのか、わかりません。壮絶な思いだったということがわかります。

その後、彼の会社は倒産してしまい、長男として事後処理をしなければいけなかったわけで、その時もやはりそのしんどい思いをしたんだろうと思うのです。絶望というのは、僕もわかるのです。でも、本人は相当つらかったんだろうけど、それを支えたのが今の奥様なのかなと思ってます。僕は奥様のことは全く存じ上げないのですが、最悪の時期に知りあって、それで結婚を決めたわけだから、全てわかってて結婚したんでしょう。

その二人の、陳腐な表現だけど、それ以外に思い当たらない言葉ですが、愛の結晶が誕生した。名前は、長女らしく、初めての子供らしく、二人の愛情にあふれた素晴らしい名前です。いや、ほんとうに素晴らしい。

一方で、小学校以来の友人のお母さんが先週の木曜日から危篤状態に陥ったという。彼のお母さんは、ふっくらしたお母さんで、僕も何度か家に遊びに行ったからよく知っている。そのお母さんが危篤状態で、お医者からもいつ亡くなるかわからないという最終宣告。

今さらですが、自分のことを書きますと、2007年に母を亡くしたのですが、僕は未だにその死が受け入れられないでいるのです。僕は結婚している時に、よく前の奥さんに「マザコン!」と言われて、よくひっぱたかれましたが、6歳の時に父を亡くして、それからずっと一緒に生活をしていたわけだから、母への気持ちは強かったし、母親もそういう気持ちはあったと思うのです。この友人の今の心境を考えると、きゅーっと痛くなるのですよ。それといまさらだけど、僕らがどういう育ち方をしたかと考えたら、僕に向かって「マザコン!」と言って罵倒なんて出来ないはずなんだけど、なんと思いやりのない女と一緒になったかと思うと、本当に僕は人を見る目がなかったと反省をします。

母親の愛情っていうのは、あれは何なんですかね。今更ながら無上の愛というものを感じるのです。よく亡くなった母親が戦争の話をするときに、兵士が死ぬときは「お母さん!」と叫んで死んでいったそうですが、僕は今更ながらその気持がわかるような気がするし、息子を失う母親もこれは辛かったんだと思うし、やはり母親と子供の結びつきというのはあまりにも強固な絆があります。

僕が離婚するときに、子どもたちにどうする?と聞いたら、母親のところに行きたいという体験も僕はしましたし、それは母親が実に偉大な存在であるということなんだと思うのです。僕が1度目の会社がうまくいかなかったり、離婚直後に家の中が大変なことになっていたりしたずっと後に、母が僕に対してぽつりとお前が大変な苦労してるからという言葉を言った時に、ああ、この人は何も言わなかったけど、わかってくれてたんだと思い、すごくホッとしたことは今でも覚えているのです。

話は元に戻しますが、人は必ず死ぬわけで、その悲しみも子としては味あわないといけない。そういう事態が彼に訪れたということですが、人ごとなのですが、切ないです。一方で新しい生命が生まれて、もう一方では命が失いかけている。それは当事者にしかわからない、喜びであったり、悲しみであったり。それを傍観する僕。なかなか、心境は実に微妙なのです。

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