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久しぶりに坂の上の雲を読み始めました

自分の人生でもう何度も読み返している坂の上の雲を読み始めました。この本は長編で全8巻あるのですが、僕の場合、もう繰り返し読んでいるので、恐らく1冊1時間あれば読めるでしょうけど、今回は思うところがあって、熟読をしてますが、やっぱり司馬遼太郎ワールドは素晴らしい。

この本はNHKで3年間にわたってドラマ化して、阿部ちゃんやモックンが大活躍をしたわけですが、それでもあれだけの長編なので、かなり端折っているところがあるんですよ。それはドラマだからしょうがないんだけど、ただこの作品の主題として、困難のを乗り越えるということであるのであれば、やはりもう少し多くの事実を伝えたほうが良かったのではないかと思うのです。

日露戦争というのは、日清戦争が終了して10年後に日本とロシアが戦った戦争ですが、これはロシアが日本を侵略しようとしたので、実際は満州や朝鮮をロシアの傘下に入れようとして、そうなると日本の安全保障に支障をきたすということで、日本は宣戦布告をしたもので、原因の殆どはロシアにあります。

ただ、この戦いというのは、ロシアは老巧化していたけど、国力が充実しているし、一方で日本はその30年前に明治維新によって近代化したばかりの新興国で産業が農業しかないという、心細い貧乏国。ロシアは自分の国力で日本をいじめぬいたというところがあり、まさしく日本は窮鼠猫を噛むという状態になりました。この部分については、司馬さんがこの作品の中で白人の黄色人種への態度について重要なことを書いています。僕はこれは全くその通りだと思うので、長文ですが引用します。

 後世という、事が冷却してしまった時点でみてなお、ロシアの態度には、弁護すべきところが全くない。ロシアは日本を意識的に死に追いつめていた。日本を窮鼠にした。死力をふるって猫を噛むしか手がなかったであろう。

中略

1945年8月6日、広島に原爆が投下された。もし日本とおなじ条件の国がヨーロッパにあったとして、そして原爆投下がアメリカの戦略にとって必要であったとしてもなお、ヨーロッパの白人国家の時におとすことはためらわれたであろう。
 国家間における人種問題的課題は、平時ではさほどに露出しない。しかし戦時というぎりぎりの政治心理の場になると、アジアに対してならやってもいいのではないかという、そういう自制力がゆるむということにおいて顔を出している。

そもそも侵略戦争というのは、侵略を仕掛けている方がだいたい負けます。この日露戦争もそうだし、後年のベトナム戦争でアメリカが負けたように、侵略戦争は侵略したほうがだいたい負けます。それはなぜかと言えば、侵略するほうが、自分の力を過信してるし、その分緊張感がなくなるし、逆に侵略されている方は、ナショナリズムが起きてくるので、総力戦になる。だから、侵略されたほうが撃退するということになるケースが実に多いのです。日露戦争はこの典型で、ロシアは日本を舐めきってました。

ただ、この日露戦争という歴史は、司馬さんが坂の上の雲で多岐にわたって書いてますが、日本人は本当にこの戦争を勝つために、大変な努力をしている。戦いという点では、海軍を10年で世界のトップグループの装備になったということが大きいのですが、冒頭に書いたとおり、日本は貧乏国。司馬さんは作品の中で飲まず食わずで海軍の戦艦を揃えたと書いてますが、まさしくそうだったんだと思いますよ。

高橋是清

次に戦費の調達のために、やはり日本は頑張る。そこで大活躍をしたのが高橋是清であり、彼が日本史で名大蔵大臣として名を残すのきっかけが、ロシア戦の戦費調達だと思います。この場合、国家的に信用力という点では、ロシアが上だし、日本は国土が狭いから、担保する土地がロシアよりはるかに少ないわけです。それを日本が戦えるようにお金を引っ張ってきたというところに、高橋の偉大さがあったんでしょう。ぼくも経営をした立場から言うと、お金を引っ張る仕事というのは、実に大変なのです。ぼくレベルの資金調達ではなくて、高橋の場合は国家的レベルだったから、それは大変だったと思います。本人は自分は稀有な楽天家だといってますが、そういうポジティブな人じゃないと、こういう仕事はできなかったと思います。

明石元二郎

そしてインテリジェンス活動。当時ロシアは、帝政が揺らいでいて、革命が起きそうな空気がありました。ロシア国内はもちろん、国外においても反ロシアで活動している革命家が、ロシアに侵略されている国家にたくさんいた。日本は陸軍大佐の明石に当時のお金で100万円を渡して、革命工作を行い、反ロシアの革命家に対して資金提供など様々な支援をしています。日本としては、ロシア国内の革命気分を煽って外で戦争などしていられないような状態に持って行くことが目的で、それを明石に担当させた。
結果的には日露戦争が終わった後、ロシア革命がおこります。この戦争で明石の功績は連合艦隊と並ぶとまで司馬さんは評価をしています。ちなみにこの明石という人物は、後年台湾総督になった人物ですが、総理大臣の器だったと言われたそうです。ただ、彼も50半ばで亡くなったために、総理にはなりませんでしたが、ロシアも将来総理になるような人物から内部工作をしてるわけで、ある意味ロシアも気の毒だったと言えば気の毒。

このように、日本はこの戦争で戦うために、実際に戦闘だけではなく、戦争を遂行するために様々な部分でいろいろな活動が行われ、それが全ての点でつながったということで、実に戦争遂行が無駄なく進められたというところがあります。これは今の我々も学ばないといけないことなのではと思うのです。

後年の我々は、学校でも、明治37年に行われた戦争で日本の勝利に終わったという記述くらいしかない。日本人が全力で国を守った歴史をもっとくわしく教えるべきだし、実際にあの当時の人達は人間的にも実に魅力のある人達だし、隠すことはないと思うのはぼくだけでしょうか。結局日本のかつての軍国主義を増長するとか言われてるんですかね。

たしかに、この戦いの勝利によって、日本は夜郎自大となり、どんどん軍国化し、最後は世界中を相手に戦争をして滅亡寸前にまでなるということになり、戦争に勝つということは歴史的に見ると、歯医者になる原因となったと思うと、それはそれでとてもドラマチックだとは思います。ただ、少なくとも、日本が戦わざるをえないところまで追い込まれて、結局勝ってしまったという過程は、もっと我々も知っておくべきことじゃないのかと僕は思うのです。

司馬さんは、ご自身の最高傑作として、「空海の風景」「竜馬がゆく」「菜の花の沖」「坂の上の雲」をあげています。とにかく大変な力作なので、多くの人に読んで貰いたい本です。

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