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次回の八重の桜ー蛤御門の変を楽しむための基礎知識

次回、八重の桜は蛤御門の変が放映されます。今回の八重の桜は、歴史的な事件のステータスというものをきちんと理解していて、重要な事件にはまるまる番組を1回分使うという、実に太っ腹なところがあり、大変僕は素晴らしいと思うのです。

前にも書きましたけど、幕末というのは、長州だけが革命化してしまい、京都の治安は驚くほど悪くなりました。それは長州系の浪士が天誅という名のもとに佐幕派を切りまくったからです。龍馬伝に出てきた佐藤健君が演じた岡田以蔵は、当時人切り以蔵と言われたし、こういうテロリストが幕府系の人物を殺しまくったわけです。簡単に言っちゃえば、長州なんていうのは、今で言うアルカイダとかタリバンみたいなもので、反政府活動を展開しました。

時の政府である幕府は、治安を乱すことに対しておとなしくしているわけではなくて、非常警察のような新撰組を使って反撃に出た。ところが、その反撃があまりにもやりすぎてしまい、長州から反感を買った。新撰組にしても、ブランドをあげるためだから、それは無茶なします。

そういった流れで、8月18日の政変、そして新撰組の池田屋を襲撃した池田屋事件がおきたことで、長州はやられっぱなしではダメだ。これは孝明天皇には薩摩と会津がいて、彼らが好きな勝手なことをやっているから、8月18日の政変や池田屋事件の報復に併せて、この二藩を排除しないといけないということになり、特に来島又兵衛が特に激しく行動することで、久坂玄瑞や真木和泉といった他の連中が来島又兵衛に引きづられる形で上京し、そして長州と会津藩が京都で市街戦を繰り広げた。それがこの蛤御門の変といい、歴史的に大きな影響を与えた戦いです。

それでどうしてこんなに長州藩が怒っているのかというと、先の8月18日の政変で七卿落ちという三条実美ら7人の長州派の公卿が失脚したのですが、それにともなって京都御所の長州の役目も解任ということになり、しいては、毛利のお殿様も謹慎処分になってしまったことに、長州の侍は怒ったわけです。これは「君辱めらるれば臣死す」というのが、武士道にあり、武士は主君が辱められれば、死を決してその恥をすすがねばならないということであり、長州武士はそれに従ったということですね。

で、この蛤御門は京都の西側にある門で、ここで長州と会津が激戦を繰り広げたということになってます。この戦いは、結局西郷隆盛率いる薩摩軍が参戦し、後に日本の警察の創設者になる川路利良が、長州の事実上のトップである来島又兵衛を射殺することで、戦いは終わり、久坂玄瑞もここで切腹、桂小五郎は逃亡、長州は御所に発砲したということで朝敵となり、第一次長州征伐と話が進んでいきます。

ちなみに僕は去年京都に行き、この蛤御門に行って来ました。ここ、まだ銃弾の跡がしっかり門に残ってるんですよ。

白くなっているところありますよね、これ、銃痕ですから。

ま、この時期は長州は冬の季節ですね。この長州征伐によって長州の藩政は革命派から佐幕派に変わります、当然のことながら。それを逆転させてしまったのが、天才高杉晋作で、高杉が長州の英雄になるのはこの時からです。

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