2015/09/112 Shares

小泉今日子はすごいー「あまちゃん」を終えて 小泉今日子(寄稿)を読んで

僕の弟はテレビ業界で働いていて、この前本当にびっくりしたのは、僕が今最もハマっているドラマに携わったことです。たまたま何かでFacebookで弟を見つけて、ちょっと見ていたら、本人は小泉今日子が好きで、それがきっかけでその業界に入ったとのことでした。いやー、知らなかった。


僕自体は、女の人は好きだけれども、若いころ特定の芸能人にハマったことがありません。一時浅田美代子のことが好きだったということもあったけど、そんなに長く続かなかった。中学の時ですね、浅田美代子のファンだったのは。

小泉今日子はアイドルとしては別格的な存在だった

昔から色々なアイドルがいるけれども、僕の世代だと記憶があるのは

天地真理、小柳ルミ子、南沙織がいて、次は
百恵ちゃん、桜田淳子、森昌子、
その次が
松田聖子、小泉今日子、薬師丸ひろ子

という感じですかね。確かに僕の同級生でも今でも薬師丸ひろ子が好きな人もいるし、弟は、30年近く小泉今日子のファンで在り続けた。この小泉今日子という人は、デビューの時から、ちょっと従来のアイドルとは違ったところがあり、松田聖子がひたすら自分を売るためには何でもやるという、いわばアイドルの代表的な生き方をしてきた。

小泉今日子は昔からかなり飛んでるアイドルを実践していたし、僕も嫌いじゃなかった。一時20年くらい前かな、小泉今日子のベスト盤を買うことがあって、あまりにも下手なのでこの人の歌は聞けないなと思った記憶があるだけなのですよ、僕にとっては。

「あまちゃん」を終えて 小泉今日子(寄稿)は名文

その小泉今日子が、あまちゃんでヒロインの母親役を演じました。若いころアイドルに憧れて家出をし、夢破れて結婚をし、子を生むという平凡な主婦となって、24年ぶりに帰郷するところから、このドラマが始まりました。そのあまちゃんもこの9月30日に終わり、10月10日に小泉今日子さんが、読売新聞に「あまちゃん」を終えて 小泉今日子(寄稿)と題して寄稿しました。

僕は読売新聞自体が嫌いなので読まないんだけど、この寄稿がインターネット上で話題になり、名文!と凄く高い評価だったので、どうしても読みたくなり、友人から譲ってもらい、早速読みましたが、確かに久しぶりに心を揺さぶるくらい感激をしたので、忘備録ということもあり転載させていただくことにしました。以下転載します。

希望の光へ さぁ私たちも!

あまロス症候群なんて言葉が生まれてしまうほど「あまちゃん」の放送が終了して心にぽかんと穴が空いてしまった人達がいるらしい。あのドラマに関わった人間にとってなんて嬉しい言葉だろうと思う。

あまちゃん」は挑戦だった。コアな人気は凄いけれど、なぜか視聴率には恵まれない(ごめんなさい!でも私はずっとファンです)宮藤官九郎さんの脚本でNHKの朝ドラを!しかも東北を舞台に震災前からその後までの時間を描く。ヒロイン能年玲奈ちゃんは久しぶりに完全オーディションで選ばれたほぼ無名の女の子。母親から「ブス!」と罵られる猫背のヒロインなんて前代未聞である。

怒ってばかりのスケバンみたいな母親だって前代未聞。朝ドラを見るのを毎朝楽しみにしているお年寄りに嫌われるのを覚悟の上で、私はそのスケバン母役を引き受けた。

ところが放送が始まると意外や意外。視聴率は好調だし、猫背のヒロインの透明感とつぶらな瞳は全国の皆さんの心をたちまち掴んでしまったし、スケバン母もどうにか受け入れられたようである。伝説の海女を演じた宮本信子さんや大女優役の薬師丸ひろ子さんが物語をグッと引き締め、映画界、演劇界の怪物たちが暴れまくってドラマの楽しさを盛り上げた。とはいえ、私達役者はあくまでも台本通りに演じただけである。一番の功労者はやはり脚本家なのだ。

宮藤さんの脚本には愛と尊敬の念があると思う。一人一人の役者さんに与える台詞は他の誰が言ってもきっと面白くならない。その人にしか絶対に言えない言葉だ。だから割り当てられた台詞を役者が発した時、いるいる、そういう人!と愛すべきキャラクターが出来上がってしまう。面白おかしく小ネタを挟んで茶化しているようだけど実はテレビの力というものをちゃんと信じて愛して敬っている。役者もプロデューサーもディレクターもみんな、そんな宮藤さんの脚本を信じて最大限の力を出し合えた。だから「あまちゃん」は視聴者の皆さんにも愛されたのかもしれない。

「あまちゃん」は海女ちゃんだけど、甘ちゃんでもある。ヒロインのアキは「海女になりてぇ」「東京さ行ってアイドルになりてぇ」と夢をころころ変えては大人達を振り回す。そんな時にあの震災が起こる。誰の胸にもまだあの痛みは残っている。出来上がった台本を読んで私は泣いてしまった。誰も死なせないというのが宮藤さんの選択だった。夢の箱の中にいる私達に出来ることは希望を与えることなのだと強い気持ちが湧き上がった。ヒロインは地元に帰り、一番好きな場所で自分らしく生きると決めた。

若者達が夢を持ちにくい時代なのだと何かで読んだ。ひとりの大人として申し訳なく思う。だから最終回で、アキとユイちゃんがトンネルの向こうに見える光に向かって走り出した時、やっぱり私は泣いてしまった。夢なんかなくても、夢に破れても、何者にもなれなかったとしても、若者はのびのびと元気でいて欲しい。それだけで私達大人にとっては希望なのだから。明るい光を目指して走り出す二人は美しくて、たくましくて、眩しかった。

さあ、あまロス症候群のみなさん!老いも若きも二人に負けないように明るい光を目指してまた走り出しましょう!(女優)
平成25年10月10日(木)
読売新聞より転載

 

あまちゃんには様々なドラマがありました

小泉今日子のあまちゃんに対する考え方、例えばヒロインが無名の新人であったということや宮本信子や薬師丸ひろ子の存在が物語を締めたということや、宮藤官九郎が役者ごとにふさわしい脚本を書いたというところなど、すべて僕も同感なのです。僕としてものすごく琴線が刺激されたのは、最後のところで、若い人たちが夢なんかなくても夢が実現しなくてものびのび元気でいてほしいというところです。

このドラマで言えば、春子がアイドルに憧れて上京したけれども、結局鈴鹿ひろみの影武者となり、結局アイドルになるという夢が果たせなかった。その忸怩たる思いがずっと続いていた。

鈴鹿ひろみは、自分の歌を影武者が歌っているということを知りながら、騙され続けるということをずっと甘受していた。

アキの親友であるユイちゃんは、アイドルになるという子どもの時からの夢を父親の病気、母親の失踪、東日本大震災で諦めざるを得なくなった。

アキは東京では母親から「地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないぱっとしない子」と言われ続けていたけれども、北三陸で祖母と出会うことで自分の力で殻を破り、結局潮騒のメモリーのリメイク版のヒロインを務めるという、母とユイちゃんの夢を実現させました。

それこそ人生は人それぞれだし、夢が実現しなくてもかっこ悪くない、明るく元気に行こうという小泉今日子さんのメッセージはさすがに僕も感激をしました。

また小泉さんは最後のシーンについても

アキとユイちゃんがトンネルの向こうに見える光に向かって走り出した時、やっぱり私は泣いてしまった。

僕は泣かなかったけど、こうやってドラマに関わった人が書くと、そういう思い入れのあるシーンだったんだと改めて痛感しました。そう思いを知りながら、もう一度この場面を見ると違った感慨があるかもね。

東日本震災の描き方が抜群だったあまちゃん

また、東日本大震災をあまちゃんでどう描くのかというのは、演じる彼らも神経質にならざるを得ないと思うんですよね。シュールな問題だし、多くの人が亡くなってますからね。それに対しても

誰も死なせないというのが宮藤さんの選択だった。

と小泉さんは書いてますけど、見る方もどうなるのかとヒヤヒヤしていましたが、一番いい選択を宮藤官九郎はしたと思います。ネット上では色々な噂があったけど、ここは誰も死なせないと言うのは一番思いつかないけど、一番いい選択だったと僕も思っています。

いやー、小泉今日子という人はすごい人ですね。こういう文章をかけるというのは、今までそれこそアイドルとしていろいろな経験をして、更に中身を磨いたことでずっと30年以上も第一線にいるということなのかなと、僕は彼女を人間としてリスペクトしてしまいました。

今更ながら、このドラマはやっぱり多くの人に勇気を与えたと思うし、本物は本当にすごいなって改めて思いました。実際、NHKオンデマンドでもあまちゃんを相変わらず見続けているんですが、ファンだとなんでも欲しくなっちゃうということもあるのですが、なんとシナリオまで売っているのでした。

春子ママとアキのシーンで僕の好きなシーンはアキが、アイドルになるべく東京へ向かうシーン。

この時に春子は

アキに対して「みんなに好かれたね!」
「アンタじゃなくてみんなが変わった!自信持っていいよ。それはすごい事だから!」
このシーンは結構名シーンで、改めてシナリオを眺めてみると、映像が浮かんできます。ドラマはシナリオを眺めながら、読むとなかなか乙なものですよ。

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