52 Shares

ニッポン西遊記古事記編 鶴田真由

先日日本橋の丸善に行った時に、たまたま見かけた本が、鶴田真由さんのニッポン西遊記。鶴田さんの本があるということは、いわゆる芸能人の本の棚にあり、僕はその時いきものがかりかあまちゃんの本が見たくて、そのあたりをふらふらしていたのですが、そこで目に入ってきたこの本、幻冬舎の出版ということで、嫌なイメージはあったのですが、帯に「神様に逢いに行きました」というコピーもあり、中を見てみると不思議な写真があったりして、手に取りました。

この本は、鶴田さんが友人達と古事記に縁のある場所に行き、そこでは不思議な自然現象に遭遇するという旅行記で、文章が柔らかく平明であることもあり、すっと読むことができました。

この本を読んで感じたことは、知性というものと品というもので、僕は日本の古代ということが全く知らず、この本に出てくる神様の名前も明確に知っているのは、アマテラスオオミカミくらいなものでして、鶴田さんの博学ぶりにはただただ敬服するばかりでした。実際にこの本を書くために(何かの雑誌の連載になっていたようですが)、彼女自身多くの本を読んでいるということもあり、透明感のある知性と品性というものを感じてしまいまいました。

前回触れた「知」ということについて、改めて考えたのは、この鶴田さんの本からはあふれんばかりの知性が感じられるのですが、マッキンゼーの連中のように頭いいだろ?いいだろ?というようなひけらかしたりすることは、当然のことながらしません。本当に女性らしい柔らかい文章の中で、彼女が体験したことが綴られている。

歴史を探訪する場合に、どこに行くにも必ず予習というは基礎知識を身につけないと絶対に楽しめません。鶴田さんはそういう点ご存知で、色々な神社にどういう神様がいてということをよくご存知で、一緒に旅行するメンバーも、基本的にガツガツしておらず、傍から見ても楽しそうな古事記探訪記になっています。

この本の面白いところは、古事記を巡る旅をしようと思った途端、様々な出会いがあり、その旅先では二つの虹が同時に現れたり、突然雨が降ったりといった様々な不思議な現象が起きたというのです。そういうことって本当にあるのかなと全く信心深くない僕は、のめり込むように読みいってしまいました。

こういう本を読んでみると、やはり知性と品性というのは人によって違うものだなということを感じるのです。知性がないということになると、同じ女優だと川島なお美は代表的なところがある。この人は、デビューした時に世の中にこんなに可愛い人がいるのかと思ったし、青学だと聞いて、ああ、絶対に手の届かないところにいると思ったものです。実際には、この人は年をとればとるほどダメになってくのはどうしてかと思う。本来頭がいいはずなのに、見かけばかり一生懸命だったんだと思う。

品性がないというのは、僕にとっては一番だめなところがあって、それがどんなにきれいだろうが僕は美しいとは思わない。その代表的な人としては、神田うのとかあとは昔のフジテレビの女子アナとか。こういう人たちは、ものすごく打算的なものを感じるし、銭があることを誇示しているところが実にいやらしい。全く良さがわからないのです。

その点、鶴田真由さんは清楚だし、上品だし、この本を読めばわかりますが、人としての内容の高さと言い、すごいなと改めて思ったのです。

僕は、自身が体験したこともないので、眼に見えないものというものは基本的には信じません。月に1回ほど決まった神社には参拝に行きますが、それは日ごろの感謝のお礼をするために行ってるだけだし、そういうことをしたことで超常現象にあったこともないです。ましてや、パワースポットというものがどういう効用があるのか、分からない。

それでも、手を合わせて神仏や個人を偲ぶという行為は、とても敬虔なきもちになるし、そこに宗教的な、或いは人には見えない何かがあるんだろうということがあるような気はします。鶴田さんは、そこまで大げさではないにしても、歴史、或いは神話を巡る旅をしてそこで不思議な体験をしたというのは興味を持ってしまいました。少なくとも、神田うのや相撲取りの女将さんになったような元女子アナ、勝間和代といった類の女の人達には絶対に出来ない行動です。

とにかく久しぶりの良書に巡りあえて、気分がいいです。

ちなみに鶴田さんご自身がこの本についてのインタビューに答えているサイトを発見しました。
ナショナルジオグラフィック日本のルーツをたどる“新・西遊記”
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20111201/292296/

この記事が気に入ったら
いいね!しよう