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Paul McCartneyが来日しました

今朝のエンタメニュースでは、Paul McCartneyが関空に来日したニュースをずっと流していました。今のロック界で最大級の大物の来日だし、Paulの年齢が70過ぎ!ということもあって、恐らく最後の来日だろうと言われています。僕の友人でも何人か行くようです。

一応ニュースを貼っておきます。

  1. ポールマッカートニー、法被姿で11年ぶりに来日

    MTV JAPAN.com2 時間前共有
    ポールの姿を見つけるなり沸き起こったファンからの大歓声の中、ベースを弾くしぐさをしておどけてみせたポールは、ニュー・アルバム『NEW』のロゴをあしらった法被(はっぴ)姿。1966年にザ・ビートルズとして初来日した当時を想起させる姿 

僕にとって音楽はとても重要な存在で、そのきっかけになったがPaul McCartneyでした。僕らの世代はというと、Beatlesは直接体験はしてません。1970年にBeatlesは解散してしまってますから、その時は僕らは9歳で英語の歌詞を聞くほどまだまだ早熟はしてませんでした。

僕の場合も、Paul McCartneyを聞いて、そのメロディの素晴らしさに感激して、洋楽にのめり込むというものでした。具体的にはラジオでPaul McCartney & Wingsのあの娘におせっかいという曲が流れていて、この曲に本当にしびれるほど感動したのが中学2年。それから少ない小遣いでPaul McCartneyのアルバムを買い揃え、その流れでBeatlesの曲に出会い、感激した記憶があります。

僕はその後ギターを弾くようになり、ハードロックに傾倒してからはPaul McCartneyは聞かなくなりましたが、それでも初めて買った洋楽のアルバムはビーナスアンドマースは僕にとってはPaul McCartneyの最高傑作でもあります。世の中ではバンド・オン・ザ・ランが最高傑作だと言われますが、僕はビーナスアンドマースが一番好き。特にオープニングのロックショウは、僕がハード・ロック好きになるきっかけになった曲でした。

当時は、今以上にPaul McCartneyの人気があって、大騒ぎになっていて、日本に来る前にオーストラリアでLIVEが行われ、その流れで日本に来るということもあり、僕はお金がなくてチケットを買えなかったのですが、心臓が破裂するくらい興奮したものです。中学の時だから、感受性が最も敏感だった頃ですね。

ところが、来日したのはいいものの、大麻所持ということで成田空港で逮捕され、そのまま強制送還された時のがっくり感も半端じゃなかった。ただ、当時のTBSがファンに対して素晴らしいプレゼントをしまして、それは今でも鮮明に記憶に残ってますが、来日前に行われたオーストラリアのLIVEを放映したのです。これはほんとうに感激して見ました。当時はカセットテープとテレビを繋げるコードなどない時代ですから、カセットテープデッキにマイクをつないで、それにテレビに向けて録音して、そのテープがすり切れるほど聞いたものです。

いまDVDで発売されているPaul McCartneyのロックショウがその時のセットリストをほぼ再現してますね。余裕があったらいつか買おうと思ってます。この時のPaul McCartneyが一番ソロミュージシャンとして充実していたような気がしますけどね。

その後僕もいろいろな音楽を聞き、ポップスの中でのPaul McCartneyの立ち位置、或いはBeatlesでの立ち位置というものがわかるようになり、そんな状況で10数年前に東京ドームでこの人のLIVEを見に来ましたが、ヒット曲のオンパレードだったんだけど、それほど感激しなかった記憶がありまして、その後それほどこの人のことはあまり注目もしなくなりました。

それでも、何と言ってもイエスタデイを作って、そのメインボーカルとして歌っているのはPaul McCartneyだし、それ以外にも数多く大変な名曲を書き、50年以上音楽の第一線にいるというのはすごいことです。

あと10日ほどたてば、セットリストもわかるでしょうし、それはそれでどういう曲をやったのか、楽しみにしようと思っています。

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