2016/06/100 Shares

ベトナム旅行記:ニャチャンではおいしい食事をホーチミンでは観光を堪能してきましたーホーチミン観光編

今回の旅の一番の目玉は、ホーチミン観光でした。やはりベトナムと言うと、ベトナム戦争であり、それに関する施設はものすごくあります。ただあまりにも残忍なものが多々あるようでしたので、ひたすら無難な観光に終始しました^^

見に行ったところは、

  • サイゴン中央郵便局
  • サイゴン大教会
  • 統一会堂
  • サイゴンスカイデッキ

などです。

サイゴン中央郵便局

まず、サイゴン中央郵便局

 

ウィキペディアによると

1891年に当時のフランス領インドシナの郵便・電信施設として建築された。パリのオルセー美術館(当時駅舎)をモデルにしたといわれ、鉄骨設計はギュスターヴ・エッフェルが手がけた。2012年現在でも通常の郵便・通信業務を行っており、コロニアルスタイルの観光名所としても著名である。

というもので、フランス植民地時代の建造物を再利用して、しかも観光の名所にしているところがベトナムの強かさがあり、アジア人としてはじつに頼もしい。中に入ると、こんな感じになってまして、

 

下の写真のおじいさんは、以前NHKでも放映されたベトナム語を英語に書き直してくれる代書屋のおじいさん。80歳近いと思いますが、僕がここに来たのはこのおじいさんに会いたい!できれば一緒に写真に写りたいと思っていたからです。

結局お仕事をしていたので、会えませんでしたが。残念でした。ここは、ホーチミン観光では有数のランドマークですから雑貨専門のお土産さんもあります。

 

サイゴン大教会

サイゴン大教会はサイゴン中央郵便局のすぐ隣にあります。この日は結婚式のカップルが数組いました。

ウィキペディアによると

サイゴン大教会(サイゴンだいきょうかい、越:Nhà thờ chính tòa Đức Bà Sài Gòn/伽祠正座德婆柴棍, サイゴン聖母大聖堂)はベトナムのホーチミン市1区にあるカトリックの大司教座大聖堂である。聖マリア大聖堂とも呼ばれる。サイゴンがフランスの植民地だった1863年から1880年にかけて建設された。 

ということで、1863年というと、日本で佐幕とか攘夷とか斬り合っていた時代ですね。確かに建物にもは趣がありました。内部は一応開放されているのですが、信者が座る席には入れないようになってました。

 

 

ここから統一会堂へは公園を通過していきます。

途中でいかにも社会主義!と言われる看板に遭遇。僕はこういうの大好きです。

 

 

 

統一会堂

 

この建物も、元々はフランスが1900年ごろ建てたものですが、ディエンビエンフーの戦いでフランスがベトナムから駆逐された後、アメリカがベトナムの共産化を防ぐために南ベトナムに傀儡政権を樹立した際の、南ベトナム大統領の官邸になった建物です。

屋上から観た統一会堂の敷地。

サイゴンが陥落した時に、南ベトナム大統領官邸(今の統一会堂)に突入した戦車です。

この戦車はそばまで行き写真撮りました。

当時のサイゴン陥落の瞬間の動画がYouTubeにアップされていたので、ここに貼っておきます。

 

 

なかなか迫力がありましたよ。

サイゴンスカイデッキ

そのあとビデクスコファイナンシャルタワー(サイゴンスカイデッキ)に向かったのですが、すでにへろへろだったので、タクシーで行きました。5万ドンくらいかな。

 

ここの49階がスカイデッキになっていて、ホーチミンを上から見ることができます。

 

 

 

メリン広場

このあと、サイゴン川の方に行くとメリン広場があり、そこにはベトナムのもう一人の英雄チャン・フン・ダオの像があります。

 

チャン・フン・ダオとは誰かというと、昔日本でも鎌倉時代に元が攻めてきましたよね。そうです。元寇。当時モンゴルはフビライ・ハーンがその武力で領土を拡張していたのですが、当然周辺国はその被害にあっており、ベトナムにも襲来しました。そのモンゴルを逆に駆逐してしまったという人物です。

ベトナムは究極の危機の時にチャン・フン・ダオやホー・チ・ミンのように救国の英雄が忽然と現れます。

と、こういう感じで飛び回っての観光なので疲れました。本当はもう少しベトナム戦争の博物館などは沢山あるので、いずれ見に行きたいと思っております。

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