2016/06/090 Shares

昨日の軍師官兵衛ー家康動く 関ヶ原の始まりと官兵衛の動きに注目です

軍師官兵衛 黒田如水

昨日の軍師官兵衛では、耄碌した豊臣秀吉が亡くなり、朝鮮での戦いも撤収し、ここで三成の奉行方と戦場にいた武将との間で深刻な対立がおこり、そこに徳川家康と黒田官兵衛が乗っかるカタチになり、面白い展開になってきました。

官兵衛がどのように天下取りに参加するのか

昨日の軍師官兵衛では、後半官兵衛が天下を狙うという場面がありました。これは、関ヶ原の戦いというのは、徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍との激突で後の徳川幕府というものができるわけなんですけれども、実は官兵衛も面白い形で関わっています。

その辺りは司馬遼太郎さんの「播磨灘物語」4巻に詳しく書かれていて、僕も確かにその通りだったんだろうと思います。その部分を引用します。

黒田如水の生涯は、関ヶ原の前夜、二ヶ月ほどのあいだに凝縮されるのではないか。
かれは上方における石田三成のうごきをみて、大乱のおこるを予測した。豊臣政権は二つに分裂し、天下は混乱して戦乱は一年以上つづくのではないかとみた。
如水は肚の奥底では、一方の家康を軽蔑している。いま一方の三成の器量などにいたっては、評価もしていなかった。この両者が上方で格闘しているあいだに、如水は第三勢力を九州で急造し、九州を斬りしたがえ、その兵をもって京に攻めのぼって大ばくちを打とうと考えていた。

つまり、昨日の官兵衛が天下を狙うというのはこういうところですね。さらに、官兵衛が面白かったのは、関ヶ原の戦いで黒田の兵を連れて行ったのは家康方についた長政で、当時官兵衛のもとにいる士卒は200名ほどしかいなく、その人数でどうやって九州を席巻するのかということは、家臣も疑問と不安をもったものの、官兵衛は見事に九州をまとめあげてしまいました。このところが、司馬さんが

黒田如水の生涯は、関ヶ原の前夜、二ヶ月にほどのあいだに凝縮されるのではないか

と書いた所以だと思います。どういうことを成し遂げたかということを書くと、完全にネタバレになってしまうので、書きません。どうしても知りたいという方は、播磨灘物語4をお読みください。

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黒田如水と徳川家康の微妙な関係

また、播磨灘物語では官兵衛と家康の関係について書かれていて、その関係も微妙な表現を司馬さんが使っていて、さすがだなと思いました。その部分も引用します。

家康が側近をあつめて関ヶ原の論功行賞を評議していたとき、藤堂高虎が、如水が九州を斬りとったという生きた神話のような大功を論じると、家康は
「ふん、何が目的(めあて)でやったものだか」
と、ひとことで黙殺した。一方、如水も自分の功をについて片言も言いたてなかった。家康と如水は親交の薄い他人ながら、双方、これについては暗黙裡に苦笑を報いあうところがあったであろう。

暗黙裡に苦笑を報いあう、なんて素晴らしい表現なんだろうと思いますね。二人だけが心の奥で何を考えているかという真意を知っていて、あんたもなかなかやるねえと心のなかで同じことを思っているんだろうということだと思いますね。とにかく官兵衛と家康殿関係は本当に微妙だったんだと思います。

加藤清正などのキャスティングが最悪

実際の軍師官兵衛のストーリーを見てみると、昨日の場合長政らが朝鮮から博多に戻り、三成を襲撃するということになり、その三成が最大の政敵である徳川家康のところに逃げ込むというあたりが、関ヶ原前のもっと緊迫感のある場面であり、歴史的にものすごく重要なのですが、ものすごく端折ってしまったし、加藤清正や福島正則、小西行長といった重要人物が2流の役者を起用したのはすごく残念でした。この人達はとにかく大きな声を出すだけで、それが結局ドラマの緊張感を失わせてしまったという印象は否めなかったです。この辺りも、司馬遼太郎さんの「関ヶ原」に詳しく書かれているので、興味がある人は是非。

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