0 Shares

坂の上の雲の見方

坂の上の雲も、もう3回放映されてますが、今度は日清戦争です。日清戦争というのは、朝鮮半島をどっちが支配するかということで日本と清国がもめて、そこから始まった戦争ですが、近代化して30年も経っていない新しい国である日本と、老朽化した官僚国家である清国の戦争でした。

ところで最近何かで読んだのですが、坂の上の雲は軍隊を賛美しているということを何か言ってるひとがいるそうで、僕はびっくりしてしまいました。

坂の上の雲は、読めばわかりますが、ロシアとの戦争の描写が後半はほとんどですけれども、司馬さんは決して軍隊を賛美していません。それ以前に彼が日本の歴史を書こうとしたのは、第二次世界大戦の時の強烈な戦時体験です。

司馬さんは、終戦時は佐野で迎えたそうですが、その時になんという馬鹿な国に生まれてしまったのかと絶望したそうです。

たしかに、世界中の国を相手に戦争を優秀な日本人がどうしてしたのかということに行き着くのですが、その時に日本は昔からこうなのかと思ったそうです。日本には、織田信長がいて、豊臣秀吉がいて、徳川家康がいて、坂本龍馬、西郷隆盛など、それはもう本当に素晴らしい日本人が誕生している。そういう人達を描いて日本を再発見しようということで、司馬さんは歴史を書き始めたそうです。

実際に、司馬さんの著作にはすべて共通しているけれども、必ず昭和の軍隊政治の批判を必ずします。それもものすごく辛辣に。

そういう人が、軍隊賛美なんていうことを自分の著書に書くわけがないのです。

それにこの坂の上の雲というのは、農業しか産業のなかった国が、近代国家として生まれ変わるためには、日本人が身分に関わらず優秀にならなければいけないということで、頑張れば偉くなれる、或いは頑張れば、大きな仕事ができるという、それはもう国民の未来に希望を持たせること体制にしたわけです。これは本当に素晴らしいことだと思います。

だから、登場人物の秋山好古も真之も、お金が無いから軍人になったけれども、何も無いところから新しいものを作り出すということを一生懸命やりました。好古の場合は、日本騎兵を作り、真之は、世界で最初に海軍の戦いに戦術と戦略を落とし込んだ。正岡子規だってそうです。今まで限られた人のものであった俳句や短歌に新風を起こした。そこにロシアが明らかに日本を侵略するという意図をもって、色々な事を始めたため、戦争をせざるを得なくなったというのが日露戦争の背景です。これは当時世界が帝国主義でしたから、時代の流れであって仕方が無いです。

日本はこの戦争をするために、戦うだけじゃなくて、和平をするために色々な国とやりとりをしているし、当時のロシアは、革命前夜だったということもあってものすごく不安定だったのですが、それをさらに不安定にするために、反ロシア派の人たちを援助したりと、それはもう大変な努力をしているんですね。

これは、官僚や軍人だけではないです。日本海軍が、日本海海戦をする前に、ロシアの旅順艦隊と黄海海戦をしますが、日本の海軍の艦隊は1セットしかないので、来るべき日本海海戦でロシア艦隊(バルチック艦隊)を迎え撃つには、この艦隊をドックに入れて直さないといけないのですが、職工たちは、この艦隊の修理を3ヶ月かかるところ1ヶ月ちょっとでやってしまった。つまり、日露戦争は、国と国民が一体となって戦ったと言える戦争だったわけです。これも何度も書きますが、この戦争は日本から仕掛けたものではなくて、ロシアが南下してくるので、仕方がなくたたざるを得なくなったものだということです。

降る雪や明治は遠くなりにけり

という中村草田男の有名な歌があります。これは中村が昭和11年に詠んだ歌ですけれども、これは明治への憧憬が強く現れていると思います。司馬さんもこれほど楽天的な時代はないと言っていますね。ただ、明治時代におきた日露戦争の勝利は、結局軍部独走という時代になり、国民は軍部にまるで支配されているような時代を迎えます。僕の母はもう亡くなりましたが、昭和2年生まれの彼女は、戦争当時は本当にひどい時代だったと言っていました。結局日本は夜郎自大になり、世界中を相手にして大日本帝国は滅亡します。

一方ロシアは、日露戦で強力な軍隊が消滅し、ロシア革命が起こり、レーニンによる世界で最初の社会主義国家であるソビエト社会主義共和国連邦が誕生し、世界中を席巻しまし、冷戦の一方の主役となります。

こうやって思うのは、戦争に勝ったからそれがさらに良い方向に行くというわけではないわけで、なかなかこの点は微妙なところです。

とにかく、坂の上の雲は、明治がどうしてそんなに明るかったのかということを訴えてるドラマであって、戦争賛美、軍隊賛美というものではなく、そう見るのは間違った歴史の見方だということです。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう