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勝海舟

龍馬伝も、龍馬が江戸に出てきて千葉道場に入門しました。千葉重太郎は、渡辺いっけいさん、千葉定吉先生が、里見浩太朗、そしてさな子は、貫地谷しほりということで、龍馬がゆくを読んでる僕としては、重太郎が渡辺いっけいだと、ちょっとイメージが狂うし、定吉先生も里見浩太朗だとふっくらしすぎちゃっている感じ。でも、さな子さんはいいですね。貫地谷しほりさん。すごくイメージ通り。このさな子と言う人は、結局龍馬のことを愛するのですが、最後は誰とも結婚せず、たまに「私は坂本龍馬の許嫁でした」と周囲に語っていたそうです。哀しい。


龍馬は江戸に出ることでものすごく飛躍します。そのきっかけとなるのが勝海舟との出会いです。龍馬伝では、武田鉄矢が演じます。この写真を見てもらえれば、わかるけど、実際の勝海舟と言う人は、凄く痩せている人ですが、眼光は鋭い。

で、この海舟と龍馬の関係は、もともとは攘夷かぶれになった千葉重太郎が、開国主義の勝を切るから一緒に来てくれということで一緒にいきますが、そこで龍馬は勝に弟子入りをしています。そこからこの二人の関係が出来るんだけれども、二人で神戸海軍塾を作ってみたり、龍馬の脱藩を許してもらうように勝が土佐の殿様にお願いをしたり、松平春嶽を紹介したりと、大変密接な関係となります。

もともと勝と言う人物は、咸臨丸で海外を見ていると言うこともあり、既に幕府が往年の力がなくなり、日本を運営していく能力はないと考えていたようで、勝がこれは!と言う人物を、彼なりに教育をしました。その一人が龍馬であり、西郷隆盛でした。

幕府側からすれば、幕府を倒そうとする人物と仲良くしていると言うことを苦々しく思っていたようで、陰に陽に勝のすることなすことを、邪魔をします。聡明な勝はそれがわかっているので、何度も幕府の仕事をやめていきますが、龍馬が提唱する大政奉還が決まり、その直後、朝廷は薩摩と長州を官軍として、幕府を倒すことを命じます。その時から、勝は幕府の後始末を任され、江戸の三田の薩摩藩邸で西郷さんと江戸城の無血明け渡しを決め、江戸にいた新選組を甲府50万石を自由にしてもいいと伝え、江戸から結果的に追放します。

そんな勝ですから、明治政府ができても、勝は新政府の要職で報います。

個人的には、幕府側にこう言う人物がいたと言うのは、かなり奇跡に等しい。

どういうところが奇跡かというと、幕藩体制というのは、幕府に属しているか藩に属しているかのどちらかですが、勝の場合はもっと大きな視野で日本を見ていた数少ない日本人だったと思う。つまり、今の幕府で日本を維持は出来ないだろうと考えていました。龍馬にしても、下士という身分があったにしても、土佐藩にとらわれずに脱藩をしますが、これは勝の影響が相当あるんじゃないかなと思いますね。

勝の場合は、咸臨丸でアメリカに行き、徳川将軍に航海を報告する際にアメリカでは日本と違って優秀な人が、普通に人の上に立つと言って、完全な世襲人事だった幕府をあげつらったと居並ぶ老中に叱られる人物です。龍馬にも、アメリカの大統領は、下女の給料を心配していると言う話をし、その言葉によって龍馬は倒幕を決意したといいますから、ものすごく龍馬に影響を与えてるんですね。でも、その割には結構地味な扱いなんだよな。恐らく僕と同じことを思っている人は結構多いと思う。

ただ、今調べていたら、昔大河ドラマでやっていたんですね。知らなかった^^;

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