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ビジネス本の出版会社に聞きたい事

このブログは、音楽とか本や政治のことを中心に書いてあって、たまーに本業のことをかいたりしてるけど、まあ、基本的にはハードロックと司馬さん関連が多い。このブログを立ち上げる前は、僕は社長ブログとウェブマーケティングの事を中心としたブログを2本書いていた。

で、僕のブログを読んで投資会社や出版社から何回かアプローチしてきたりして、それが目的だった僕は、その人達と打ち合わせとかは何度もした。それらのブログを立ち上げた目的は明確で、このブログで自分の会社のブランディングを上げること。僕は会社のブランディングについて、ずっと考えてきた。だから、社長ブログでは、自分のマイナスになることは書かないし、ましてや稀代の女性好きである僕を全面に出そうと言うことは間違ってもしなかった。

会社のブランドを上げるために一番手っ取り早いのは、本を出すこと。ウェブマーケティングのブログについては、本を出すことを強烈に意識して書いた。だから、何社かの出版社から本を出さないかというアプローチをもらいました。でも、結局それは実現しなかった。

その理由としては、僕が書こうとしている内容は、あまりにもオーソドックスだったから、だと思う。それと出版社に対して、或いは出版コンサルタントと言われる人たちに対して僕もあまりいい感情をいだいていなかったので、それが先方に伝わったんじゃないかと思う。

今でも僕は本を出版したいと思っているだけれども、その中で教えて欲しい事が何件かあるので、ここで質問をしたいと思う。

まず、以前奇抜なタイトルの本が、ものすごい勢いで出版されたけれども、それがいつの間にか収束したのは何故か。

具体的には会計の本で「スタバではグランデを買え」と言う本が、結構売れた。これってタイトルを見てどういう本なんだろうって普通は思いますよね。確かにこういう奇抜なタイトルであれば、当然「!」と注意を払うと思うけれども、内容でアピールすると言うことではないと思います。つまり、一種のだましうちに近い販売手法であり、「知」をアピールする出版社がこういう事をするのは、いかがなものか。僕はこれは欺瞞だと思う。

変なところで頭が固い僕は、これは正直言って邪道だと思う。でも、出版会社や出版プロデューサーと言われる人たちはってはこのタイトルは凄く重要だと言う。つまりテクニックの一つだと言う。出版社が営利を追求する会社である以上、売れなければどうにもならないと思いますが、優れた内容の本であれば、それは結果的には売れると僕は思うけど、そこはロケットスタートのようにならないと出版社の経営に影響があるんだろうか。ただ、週刊誌だったらまだしも、本として出版される以上は、中長期的に売れる本のほうが経営的にも有効だと思うのですが、どうなんでしょうか。

例えば、ビジネス本の女王である勝間和代の著書は、ものすごく売れているけれども、アマゾンの書評を読んでも、たまに本屋で立ち読みをしていても、目次を見ただけで大体内容がわかる位内容が薄い。それでも彼女はブランディングがあるから、彼女の著書というだけで売れる傾向が高い。また、それに便乗して書評ブロガーが、アマゾンアソシエイトからの紹介料ほしさに、過剰の評価をするといわれても仕方ない。どうしてそういうことを敢えて言うかと言うと、全く批判が見られないからで、どの本でもすごい!といったポジティブな評価が出ているけれども、それはおかしい。

結局それに騙されて、ユーザーは本を買って、カツマーになろうとするわけだけれども、この人の本を読んで成功したと言う話を聞いたことがない。逆に失敗した人に対して著者に責任を追求出来るのかと言えば、それは当然追求出来ない。結局ミセスインディの言うことを聞いて、失敗しても本人の責任にしか帰さない。しかも、勝間と言う人は、結果的に出版社とユーザーを利用するだけ利用するということを戦略的にやっているわけで、簡単に言うと、たちの悪い宗教家みたいなものだ。最近の本では名著である「ヘッテルとフエーテル」には明確に書かれている。僕は、心の底から同意だ。

それに載せられている出版社は、どうなのかなと。少なくとも彼女の著書が10年後に読まれると言うことは、ないでしょうね。でも、出版社にとっていいものなのかどうか。ちなみに勝間は、「結局女は、キレイが勝ち」と言う本を出していますが、はっきり言ってキレイじゃない。内面をきれいにすることで見た目もきれいになると言うことはもっとも!と思うけれども、功利性があまりにも露骨でとてもじゃないけど、醜悪だと思う。こういう本を書くことで彼女のブランドは結構落ちたと思いますよ。これを企画した本人や出版社はどういう戦略でこの本を出版したのか知りたい。

というか、訳の分からないタイトルとか、書けば書くほど内容が劣化していく作家を起用する今の状況は、本来じっくり読んで自分を活性化して行くことがビジネス本の目的であるとすれば、明らかに週刊誌化している。つまり、1回読んだら、それでおしまいと言う感じです。書評ブロガーの人たちは毎日新刊の書評を書いているけど、普通難しい本を読んでいたとすれば、そんなに早く吸収が出来るわけがなくて、結局速読といった技法を使うんでしょうけれども、それが読んでいる人にとってどれだけ身についてるかと言うことも疑問だ。

いわゆるビジネス書と小説は、違うと言われるかもしれないけれども、福沢諭吉の「学問のすゝめ」は、未だに本屋さんにいけば買えるし、この本こそビジネス書の先駆けだったと思いますが、名著は100年経っても支持されると言う証だと思うのです。小説で言えば、源氏物語は1000年近く読み続けられてるし、夏目漱石だって100年近く読まれ続けている。

つまり、僕が言いたいのは、ビジネス作家が伝えているノウハウと言うのは、自分だけに通用することだけじゃないのかなと。出版社は、オリジナリティと言うことを凄く重視するけれども、その著者本人のオリジナリティが、読者であるユーザーに対しても通用すると言うことは、ありえないわけで、実際に真似をしてみたけれども、上手くいかないと言う読者は沢山いるわけでして、それはある意味結果的にお金を払って時間を使ってやってみたけれども、うまくいかなかったというのは、読者のスキルが著者に追いついていないということだけでは済まされないのではないかと僕は思うのです。それと同じ著者から、ものすごい勢いで本が出てて、出せば出すほどコンテンツのレベルが下がっていくわけで、それは結果的に著者本人のブランドが当然下がっていくし、それは最終的に出版社の売上にも影響するんじゃないかと思うのです。本好きの僕ですが、最近のこの手の本は受け入れない。漫画と一緒で立ち読みして目次さえ見ればどういう事が書いてあるかわかるし、その目次をみても知りたい!と言う気持ちにはなれない。

司馬さんの本を読んで、それに触発された人は沢山いますよね。ソフトバンクの孫さんが龍馬好きと言うは、有名な話だし、その改革のやり方について、ビジネスに活かしている。そのことでソフトバンクは日本を代表する会社になった。

ところがビジネス書を読んで成功した人って余り聞いたことがない。このあたりは、何度も書きますが、出版社が営利企業である以上は、売れるものを販売すると言うのは全く当たり前のことですが、闇雲に駄本を出版して、ユーザーのお財布を攻撃するのはヤメテほしいもの。少なくとも良著と言われるものは、中長期的に増版されるものと僕は信じていますが、いかがでしょうか。

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