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【書評】街道をゆく(40)台湾紀行

僕の知り合いで、今日本に帰ってきているんだけれども、CAをしていた人がいて、彼女に言わせると台湾の団体旅行客がその飛行機に乗ると、クルーが騒然となったそうです。中国系の人はどちらかと言うとパワーが日本人に比べてあるみたいだし、たしかに日本の地下鉄に乗っていると、なんとなくこの人達は台湾の人だとわかるような気がします。これはいい意味でも悪い意味でもね。

街道をゆく (40) (朝日文芸文庫) 街道をゆく (40) (朝日文芸文庫)

朝日新聞社 1997-05
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ところで、僕は司馬さんの人間に対する洞察力が好きで、日本の歴史についても司馬史観が完全に身についています。司馬さんの本のことを語れと言われれば、いくらでも話をすることが出来ます。この司馬さんは当然太平洋戦争には出征していて、その時に日本人はどうしてこんなになってしまったんだろうと思ったことが、歴史小説を書くきっかけになったといいます。つまり、今までの日本人はこういう戦争を起こすほど愚かだったんだろうかと言う疑問が出発点です。

実際には彼の著書は何冊もNHKの大河ドラマ化されていて、多くの人に司馬作品を知ってもらえたでしょうし、多くの人に感銘を与えていると思う。大河ドラマ化された司馬作品は

と、ひとりの作家の作品がここまで大河ドラマ化されてると言うのはないのではないかと思います。

そんな日本探しを司馬さんはご自身の作品を通じて進めていくのですが、この街道をゆく-台湾紀行もそういう日本探しがものすごく濃厚なところがあって、司馬さんの善意が溢れている見事な紀行文となっています。

なんで台湾で日本探しなのと言う疑問があるかと思いますが、台湾は日清戦争後日本が太平洋戦争で放棄するまで日本の領土でした。ですから、僕の親の世代以上の台湾の人たちは日本人として日本語を喋りながら生活をしました。ですから、今は北は北海道、南は沖縄までと言ったりするけれども、昔は北は樺太、南は台湾までと言ったんだそうです。面白いですよね。また、太平洋戦争の時のB29の爆撃を当然台湾はやられています。日本領土ですから。

鄭成功畫像

台湾については、日本とは昔から繋がりがあって、徳川家光の時代にオランダ人に占領されていた台湾を解放したのは、鄭成功と言う日本人(正確に言うと日本人と中国人のハーフですが)です。この鄭成功と言う人は、没落する明を何とかしようと新興の清に抵抗する人です。日本で言うとさしずめ幕府崩壊の時に徹底的に対抗した土方歳三に似ています。

その後、時代は流れて日清戦争が勃発して、台湾の日本の領土となります。いわゆる帝国主義時代の日本の植民地支配と言うことになるのですが、この台湾紀行にも登場してきますが、元総統の李登輝さんは、植民地政策というのは、国の実力以上の施策を施すとのことで、これは漫画家の小林よしのりさんも「台湾論」で書いていますが、日本の植民地政策は悪いことばかりではない。例えば上下水道の整備や当時社会問題になっていたアヘン吸引も50年と言う計画を立てて、それを悪習をなくしたりとかです。

また、そういった政治経済の問題についてもそうですが、司馬さんはこの著書の中で全くの無名人と会い、明治生まれの日本人であった台湾の人々と交流について沢山書いています。司馬さんは、この中で良き日本人の探索というのがあるのか、登場する元日本人の人たちは実に味が深い。山地人の大野さんと言う当時80を過ぎている旧日本人とのやり取りは素晴らしいです。その大野さんとの別れの部分を引用します。

大野さんは、この犬を可愛がっている。

「名は、なんというのですか」

ときくと、一呼吸を置いて、

「ポチです」

と、いった。日本でもっとも-人名の花子や太郎ほどに-古典的な犬の名だけに、そう聞いて、言いようのない寂しさに襲われた。

門のそとまで送ってもらって、別れた。

帰途、日本にはもう居ないかもしれない戦前風の日本人に邂逅し、しかも再び会えないかもしれないという思いが、胸に満ちた。このさびしさの始末に、しばらくこまった。

こういう感じのエピソードが散りばめられています。

また、司馬さんは植民地政策と言うのは、その地に住む尊厳を侵す愚かなものと考えているけれども、一方で行政と言う点で考えると評価をしていますし、現地の人も感謝していることもあるようで、それも誰がその行政に携わるかと言う点から見ると、当時の日本で人間として面白いひとが携わったと言うことも、良かった。つまり、この新しい台湾の行政を確立して行くのに携わった人物が、児玉源太郎であり、後藤新平であり、新渡戸稲造だったことが、日本にとっても台湾にとっても大変良かったと思う。児玉源太郎は、このブログの記事でも書いたけれども、日本史的な人物だし、後藤新平は、関東大震災後に内務大臣として帝都の復興を担い、新渡戸稲造は御存知の通り、5000円札の人です。

そういった台湾に対する愛が溢れている大変素晴らしい紀行文となっていて、僕も何回も読みましたが、これは飽きません。

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