2015/10/12438 Shares

トミー・ボーリンが生きていたら、どれだけの巨人になっていたんだろうと思う件

トミー・ボーリン

トミー・ボーリンというギタリストは、今から30年以上前に薬のやり過ぎで25才で死んでしまいました。もしこの人が生きていたら、どれだけすごい人になっていたのかと思うと、25才で亡くなってしまったというのは残念で仕方がありません。改めて彼が参加したアルバム等をご紹介しようと思います。

トミー・ボーリンとは誰か

トミー・ボーリン

まず、トミー・ボーリンが参加したり、ソロアルバムを紹介する前に、トミー・ボーリンというギタリストはどういうギタリストなのかということをお話します。
トミー・ボーリンがメジャーになった理由は、リッチー・ブラックモアがディープ・パープルを脱退してしまったために、その2代目ギタリストとして迎えられました。トミー・ボーリンがいかに有能なギタリストであるかは、この後にご紹介するカム・テイスト・ザ・バンドというディープ・パープルの最後のアルバムの出来の良さを聴いてもらえたらわかります。このアルバムの殆どの曲の作曲を手がけているのがトミー・ボーリンです。

もともと、トミー・ボーリンがディープ・パープルに呼ばれたのは、ドラムのイアン・ペイスがビリー・コブハムのスペクトラムを聴いて、ここでギターを弾いている奴はすごいということになって、それで来てもらったんだそうです。

もともとはジャズ系でのギタリストであるトミー・ボーリンは、まさに新生ディープ・パープルに相応しいアルバムを作成しましたが、従来のディープ・パープルとは全く違うサウンド出会ったこともあって、賛否両論の高いアルバムではありました。

ただ、言えることはやはり凄腕のギタリストで、未だに名前が上がってくるというのはやはりすごいギタリストである証拠だろうと僕は思います。

ただ、ディープ・パープルがトミー・ボーリンを迎えて日本に来日した時は、日本に来る前に右手を怪我をしてしまって、ライブは相当ひどかったので、物凄くイメージを落としてるところもあるのですが、実際にはすごいプレイをするギタリストでした。YouTubeで探していたら、ありましたので、ご紹介します。

ディープ・パープル:カム・ティスト・ザ・バンド

ディープ・パープルは、リッチー・ブラックモアが脱退して、その公認としてとしてトミー・ボーリンを迎えて、「Come Taste The Band」を発表。このアルバムはリッチー・ブラックモアがいた時のサウンドから一新してしまい、当時は大変な賛否両論がありました。どちらかと言うと否定的な意見が多かったように記憶をしますが、僕個人においては、ディープ・パープルの最高傑作ではないかと思うくらいよく出来ているアルバムです。

そもそもこのトミー・ボーリンという人は、ジャズ系の人でそのテクニックは大変なものです。そうした黒人音楽に影響を受けた彼が、新生ディープ・パープルでは曲作りに多いに参加して、その才能を発揮しています。

さらにハードロックに置いてはギタリストの存在というものが、ボーカルと同じくらい重要ですから、そういう音楽的な背景のあるトミー・ボーリンが参加をすれば、サウンドは大きく変るというのは当たり前のことだと思います。特にこのアルバムで顕著なのは、ディープ・パープルがファンキーになってることです。

また、ギタリストとしては、彼のソロアルバムにも通じることですけれども、彼の音が相当カスタマイズをしていて、とても硬質の独特の音を出しています。イメージとしては、演奏しているスタイルはジェフベックに近く、ギタープレイ自体は、クラプトンに近いような印象なので、ギターソロは凄くかっこいいです。

リッチーブラックモアのギターソロの場合は、ギターソロにアクの強さがありますが、トミー・ボーリンの場合は、いい意味でそういうところがないのです。ソリッド感がありますね。その点、エリック・クラプトンやジェフ・ベックに共通するところがあります。

トミー・ボーリン:ティーザー

 

彼自身はディープ・パープルに参加する前に「ティーザー」というアルバムを発表しています。このアルバムにはハードロックの影は全くなくて、JAZZはもちろん、ボサノバまでやってしまうという、当時20代前半だった彼の音楽的な守備範囲はものすごく広く、今聞いても驚いてしまいます。ちなみにこのアルバムには売れない頃のフィル・コリンズも参加をしています。アルバム的には、ジェフ・ベックのblow by blowに近いかもしれません。特にDreamerというバラードが素晴らしくて、トミー・ボーリンのギターソロは圧巻です。

 

ビリー・コブハム:スペクトラム

また、このアルバムの前にビリーコブハムというスーパードラマーのスペクトラムというアルバムに参加をしています。このビリーコブハムという人は、パワフルなドラムを叩くことで大変有名な人で、ドラムセットは普通バスドラは一つで、たまに二つセットする人がいるのですが、このビリーコブハムという人はバスドラをなんと三つもセットすると言う、どうやって叩くの?という疑問が普通に出てきてしまうほど、大変パワフルでテクニカルなドラマーでした。

その彼のアルバムにトミー・ボーリンは参加していまして、僕もトミー・ボーリン自体好きですし、ビリーコブハムもすごく興味があったので、買って聴いてみましたが、大変緊張感のあるアルバムで、圧倒された記憶があります。特にオープニングはトミー・ボーリンとヤン・ハマーの掛け合いがすごいです。

トミー・ボーリン:プライベート・アイ

そういう音楽的な背景のある人ですから、ハードロックバンドに長く入るわけがなく、Come Taste The Bandを発表し、その後ワールドツアーが終わると早々にバンドを脱退し、ソロ活動をはじめ、「Private Eye」というアルバムを発表します。このアルバムも大変良く出来ていて、ただ、前作のアルバムと違うのは、JAZZ色が消え、どちらかと言うとブルース色が濃く出ていて、なんとなくエリック・クラプトンに近いサウンドになっているのです。

ただ、ものすごく残念なのは、このギタリストとしてもコンポーザーとしても優秀なトミー・ボーリンは、薬のやり過ぎで死んでしまいます。もし、彼が生きていたら、それはもう大変なギタリストになっていたことは間違いないし、彼のギターの音というのは、一種独特でして、クラプトンにももちろんそういうのはあるし、カルロスサンタナやリッチーにも独自の音というかトーンがあって、このトミー・ボーリンにも同じように独特のトーンがあります。そういう独自のトーンをだすということ自体、とても難しいことなのですが、彼は若いときに既にあったわけで、今振り返っても惜しいことをしたなと思います。

なんとトミー・ボーリンのトリビュートアルバムを発見!

この記事を書いていたら、なんとトミー・ボーリンのトリビュートアルバムがあることがわかりました。すごいです。実働としては本当に数年だったあトミー・ボーリンのトリビュートアルバムがある事自体驚きです。

グレン・ヒューズが参加しているのは、昔から仲が良かったということもあるけれども、ピーター・フランプトンやスティーブ・ルカサーとか参加していますね。ディープ・パープルでメジャーになったということもあるし、もともと知る人ぞ知るタイプのギタリストでもあったわけで、今から考えても改めてすごい人だったと思います。

調子がいい時のライブも実はあった

あと、トミー・ボーリンが評判悪いのは、ディープ・パープルのメンバーとして日本に手を捻挫して来日してそのままステージにたったために、ギターがぼろぼろだったからです。ところが、この記事を書いている時に体調が良かった時のライブが実は発売されていることがわかりました。

トミー・ボーリンは、ディープ・パープルという範疇に入るタイプのギタリストではなかったけれども、トミー・ボーリンがディープ・パープルに加入したことで、メジャーになった事実はあります。彼が亡くなったのは25歳で、本当に惜しい。もし生きていたら、すごい人になっていたと思うのです。本当に薬をやっていいことはなにもないです。本当に惜しい人でした。

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