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墓参りのこと

僕の古い友人は、僕が無神論者だということはよく知ってるはずで、僕自身も興味はあるにしても無宗教論者だと思うし、それ以前に生来の女好きということもあり、その時点でクリスチャンになる資格はない。僕もキリスト教と仏教でどっちが関心があるかと聞かれたら、聖書を読み込むという経験がない今の段階だと仏教の方が関心がある感じですな。

母が去年亡くなって1年経ちました。父はもう今から40年近く前に交通事故で死んじゃってるので、親という一番身近な肉親は、いなくなりました。弟はいるけど、そんなに仲が良くないし、今更これから仲良くなろうとも思っちゃいないので、それはそれでいいのかなと。

お袋とは、彼女の最晩年はすごくいい関係だったけど、前の女房と結婚している間は最悪の関係だった。いわゆる嫁と姑の関係は、笑っちゃうくらい深刻だったしね。あれは何だったのかなと今でも思いますな。ま、お袋もお嬢さん育ちみたいなところがあったし、前の奥さんは根性があるから、お互いに引かない。間にいる僕は最悪でしたよ笑

ただ、お袋は死ぬまで僕の面倒をみたくて仕方がなかったみたいだった。日本橋の家まで掃除に行きたいとか言ってましたが、高齢でダウンされたら困るので、自分のことは自分で出来るからとよく言ったものです。

そんなお袋が去年死んで、葬式のときには少しは涙は出たけど、弟のように号泣することはなかった。でも、その後僕も年をとって涙腺が緩くなったようで、お袋のことを思う度に、めそめそしてます笑

それでなるほど最近思ったことはね、一番始めにも書いたように僕は先祖というかそういう人たちにはどちらかというと冷淡で、どうして年寄り連中はお墓参りが好きなのか不思議で不思議で仕方がなかったんですよ、小さい頃から。それに前にこれも前の奥さんのつながりなんだけど、占い師を紹介されて、その占い師が言うには、僕がうまく行ってないのは先祖を供養してないからで、武士が鞭を地面に叩き付けながら怒ってるって言われたことがあるんですよ。それくらい先祖を供養しない人間なんです、僕は。ちなみに僕の先祖は、武士じゃなくてやくざものらしいんですけどね。その占い師も相当テキトーってことだよね笑

そんな僕が母が死んでもう3回くらいお墓参りに行ってる。父親の墓参りでさえ母から言われて行くようなところが僕にはあったんだけど、そんな僕がこんなに墓参りに行くというのは、僕自身から見ても奇観なのです。で、僕も暇だったから、これはどうしてかなと思ってたんだけど、それは共有している時間が長ければ、愛情というんですかね、気持ちというものが芽生えるんじゃないかなと思ったんですよ。

僕の身内で亡くなった人は、父が最初で、彼とは6年。祖父は僕が高校3年のときに亡くなったから17年、そしてお袋が去年死んで47年時間を共有した。年配の人たちがお墓参りに行くのは、結局時間を共有した人たちとのコミュニケーションをしに行くんじゃないのかなって思ったりしている。

逆に言うと、お袋は兄弟が3人いるけど、彼らの悲しみってもしかしたらぼくよりもずっと深いものなのかなって思ったりする。なんといっても80年近く時間を共有している訳だし、僕の知らない母のことを沢山知っているはずだし、彼女たちが亡くなる前にもう一度母のことを聞きたいなって最近思っているし、おふくろのお通夜の時は、母の姉と妹は、母の遺体で寝るっていって、死んでる母の隣で僕の叔母たちは休んだんですよね。僕はこの時姉妹っていいものだなって改めて思いましたね。

彼女たちにしたら、姉であり妹である僕の母の墓参りにはきっと行きたいんだろうけど、二人のおばにしても既に80過ぎちゃって、いつお迎えが来るかわからない年齢になり、一人では絶対に行けなくなったことにはどういう気持をいだいてるんだろうかって思っちゃう。47年時間を共有した僕でさえ、毎日でも行きたいくらいなのに、赤ん坊のときからの付き合いのある姉妹はなおさらなんだろうなって思いますよ。

年を取ると、特に肉体的にできることが減ってきて、それは僕自身にもあたることなんですが、僕の叔母の世代ははっきり言って両足を棺桶に突っ込んじゃっているから、相当ジレンマを抱えてると思うし、それはそれで気の毒。なんか何を書いてるのかわからなくなってきましたが、もう少し涼しくなったら、またお墓参りに行ってこようと思います。

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