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トイレの神様

母が亡くなり、もう1年経つのですが、まだまだ母のことを思うとだめです。

僕は結婚しているときに、当時女房だった人から何かの夫婦喧嘩でこのマザコンと平手打ちを食ったことがあります。この時から、この女と夫婦関係を続けていくには、間違っていようがこの女の味方になろうと思いました。そして僕とは母は、疎遠になった。ただ、このところは、私の母は性格的な部分でやや問題を抱えている一方で、大変頭のいい人でもあったので、僕は彼女のそこを期待していたし、彼女も僕の期待を十分受け止めてくれた。

トイレの神様というフォークソング

話はころっと変わりますが、ちょっと話題にするのは遅いのですが、トイレの神様というフォークソングがあります。

植村花菜さんという人が、小さい時に祖母との交流について詠うそれは素晴らしい曲です。トイレにはトイレの女神様がいて、お掃除をすればするほどべっぴんさんになるんやでと、お婆さんから教わった植村花菜さんは、べっぴんさんになるべくトイレ掃除をしたんだそうです。ブログのトップページを見る限り結構場べっぴんさんになった。

人それぞれ小さい時の思い出というのは、甘美なものですな。

僕なんかは、家が店をやっていたので、夕飯の買い物はいつも僕がしていた。夕方にマーケットに買い物をしに行く光景は今でも覚えているし、毎日買物に行くから、僕はスーパーの肉屋さん、八百屋さん、乾物屋さん、お菓子やさん、みーんな僕のいい友達だった。そんな昔のことを思い出させてくれるのがこのトイレの神様という曲で、今年の上海万博でPVを見ている中国人を大泣きさせた曲でもあります。

Youtubeであるかなとおもったら、やっぱりあったので、このブログにも表示させることにします。

僕にとっての老人とは

僕の祖母は、父方も母方も僕が生まれる前に亡くなっていて交流がないのですが、老人というと、僕にとっては母だった。特に母が仕事を引退して、隠居するようになってからは、老けこんでいったような気がする。もともと商売の好きじゃない学究肌な母だったので、店番が楽しかったかどうかはよくわかりませんが。

ただ、去年の母の死があまりにもあっけなかったこともあって、今でもこうすれば良かったという後悔はいつも持っていて、このトイレの神様を歌っている植村花菜さんももう少しおばあさんとこんなことをすれば良かったということは、曲の中で歌ってます。これが親だったらもっと切実だと思う。

結局母が死ぬと、やっぱり毎日後悔の日々。こういう事をしてあげたかったとか、もっと話をしたかったとかね。まだまだ話すことがあったし、知りたいこともたくさんあった。ただ、今のような状況を生きているときに知らせなくて良かった。ま、死後の世界というのがあれば、間違いなく、隣で話しかけてるんだろうなと思う。ただ、残念ながら、俺には霊感がないので、母が僕に何を話しかけているのかわからないが。

で、このPVを観てもらうとわかるように、良く出来てます。祖母が孫を可愛がるのは、良い風景です。僕の母も孫たち、僕の子供立ちのことは大好きだったし、子供たちも懐いていた。それを僕が引き裂いちゃったんだけどね。それはしょうがない。

たまたま、このPVをテレビで見てて、植村花菜さんが、全曲プレイさせてもらわなければテレビには出演しないという強い姿勢があり、ラジオじゃないとかけられなかったことが逆にブレイクした原因でもあります。たしかにこの曲は10分弱なので、長い。でも、植村さんにしてみたらお祖母さんへの思い入れがあるから、端折るわけにはいかない。それは凄くわかる。でも、やっぱり長いんだよね。それは仕方がない。

今更ながら親は大事にしよう

歳をとるという事は、結局死が身近になるということだ。それも自分にとって身近だった人の死が益々身近になってくるし、お墓参りというのが義務ではなくなる。僕にとっては、母が死に、先日も書いたけど、僕の友人のお父さんが自殺をした。また、先日の高校の同級生の会に行ったら、中学の同級生が今年に入って2人死んだということも聞いた。

なんか微妙な年齢になってきたなって最近凄く思うけど、このPVは植村さんのルックスといい、曲のストーリーといい、大変良く出来ていると思います。ただ、ブログの写真はよく出来すぎという感がなきにしもあらず。

まあ、今さらですけど、ご両親が健在な方は、ぜひぜひ色々とコミュニケーションをしておいたほうがいいですよ。凄く生な表現ですが、死んじゃうと話できないですからね。きっと親はまだまだ話足りないことが絶対ある。後悔する前に、是非コンタクトをおすすめします。僕なんかは毎日後悔して、思い出すたびにべそかいてますから。

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