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宇野千代さんー生きて行く私その1

宇野千代さんの「幸福は幸福を呼ぶ」という本は、僕にとっては忘れられない本で、この本を読んでなければ、恐らく大事件を間違いなく起こしてました。この本は、僕の大好きな人からもらった本なんだけど、この人もそうだし、宇野さんもそうだし改めて女性というは本当に偉大な存在で、僕は足を向け眠れません。神様、仏様のような存在。

宇野千代さんは、小さいおばあちゃんだけど、彼女が歩んできた道は、本人はどうだかわからないけど、結果的に女の業というものを身を持って体験してきたというか、あまりにもスケールが大きすぎてただただすげえおばあちゃんだなと思うのです。

宇野さんは、生涯で4回結婚して3回破産をしてるんだそうです。しかも、「泥棒と人殺し以外は、なんでもやった」という凄いセリフをあの小さい体のどこから出てくるのか。っていうか、このセリフ、思いつかないと思うよ、普通は。

それで、今はちょうど3回目の結婚が崩壊するところを読んでいて、まず3回目の結婚というのがすごいのです。宇野さんの二回目の結婚で旦那さんと北海道にわたります。当時、宇野さんは、文筆活動をしていて、ある文学賞で1位をゲットしてます。2位が尾崎士郎。のちの、3人目の宇野さんの旦那さんです。

で、このあと、中央公論社にも原稿を送ったけど、何も言ってこないというので、宇野さんは旦那さんに二日ちょっとで帰ると言い、中央公論社に行き、担当者に何も連絡がないけどどうなってるのかと聞くと、彼はここに掲載してます。原稿料をもらっていきますか?という返事。その時の状況を、「生きて行く私」に宇野さんはこう書いてます。すごく可愛いので、そのまま引用します。

忘れもしない、それは大正11年の四月十二日であった。「中央公論」の五月号に、私の小説「墓を発(あば)く」が載っている。私はぶるぶると足が慄えた。目の前に投げ出された、この夥しい札束は何であろう。あとで正気に返ったとき、その札束が私の書いた原稿百二十二枚の報酬である三百六十六円だと知ったとき、私は腰も抜けるほどに驚いたのであった。私は樗陰に礼を言うのを忘れて、表へ飛び出した。「そこいらを通っているみなさん、あなた方は何も知らないでしょうけど、私はいま、その先の中央公論社から、もの凄い原稿料を貰ってきたばかりの、偉い女流作家なのですよ」と、大声で叫び出したいのを堪えて、走って行った。

この場面、映画にしたい。女優さんは誰がいいかな。菅野美穂かな。あ、麻生久美子がいいよ。

この時に宇野さんは樗陰に尾崎士郎を紹介されて、北海道に旦那を残したまま、尾崎士郎と同居を始めてしまうのです。

この時、宇野さんが尾崎士郎と初めて出会ったときの状況について、宇野さんは

「ぼ、ぼくが、二等賞の尾崎士郎です」と言ったときの、そのおどけたような吃りの癖まで、思いもかけない感情の陥し穴に、私を誘い込んだのであった。いや、その吃りの癖が誘い込んだのではない。私はその瞬間に、ながい間、意識することもなしに過ごして来た渇望のようなものが、ふいに、堰を切って、溢れ出すような錯覚に襲われたのであった。

説得力があるんだか、ないんだか、わからないけど、宇野さんは女の勘というようなもので生きる女性なんですかね。結局この初対面の衝撃で、その日から二人は離婚するまで一緒に暮らす。しかも宇野さんは北海道に旦那さんを置きっぱなしにしてです。逆に旦那がその後どうしたかということは何も書いてないんだけど、このあたりは男と女の絶妙な関係というか、同性同士では普通ありえない状況だよね。

僕は、この旦那さんと同じような立場になったことが過去2回あって、1回目は目の前で同級生に彼女を取られてしまったことがあった。僕は号泣しながら、天沼の校門から荻窪駅までバスケット部の1個下の女の子に慰められながら帰ったことがある。この時うけた心の傷は、3年くらい治らなかったし、2回目の時は8年くらい前にあったけど、未だに心は修復できてない。2回目の時は、ものすごく暴れた。この時も理性がなかったら、きっと大変な事になってました。

また、宇野さんのように運命的でもないけど、前に僕が仕事で京都に行き、道がわからなくて大丸の前でうろうろしていたら、目の前で女の人が携帯電話を落とした。僕は彼女に携帯を落としましたよと拾って、彼女に渡したときに、ピーンというものを感じて、何も考えずにお茶でも飲みませんかといったら、彼女も「はい」と僕についてきて、結局その人と数カ月だけど付き合ったことがあります。

後にどうしてあっさり僕にナンパされちゃった?ときいたら、同じようなものを彼女も感じたんだそうです。もともとそういうのに付いてくるような人じゃないんですよね。おとなしくて、いかに京都に住んでるという、きれいな女性でした。ただ、相手が人の奥さんだったということもあり、僕も東京に戻るということもあって別れちゃいましたけど。ま、京都自体がエロチックなところがありますな。

自分のことをコクっても仕方が無いのですが、宇野さんの場合は、平成の時代と比べてもあまりにも奔放すぎるし、これは同性からみるとどういう感じなるんでしょうか。このあたりが男はよくわからないところです。彼女だけが奔放なのか。

例えば、僕は山本モナってすごく好きで、何が好きかというと顔も好きだし、声も好きだし、頭もいいしというところです。もう全部好き笑

ただ、彼女は、恋愛的なところでいわゆる世間一般からは反感を買われてる部分はあって、そこが損しているところのような気がするな。女房のいる民主党の議員とキスしているところを写真に取られたり、僕の高校の後輩で、かつフリーアナウンサーの奥さんをもつ野球選手と五反田のラブホテルにしけ込んじゃうとか。

僕は不倫なんてなんとも思わないけど、僕が二岡だったら、そんなしみったれた事はしないね。最初から六本木の全日空とか行っちゃう。或いは白金の都ホテルでもいいね。とにかくどーして、これだけの美女がこうも簡単にベッドインしちゃうというのが、わからん。ま、一方は民主党のエースだし、もう一人もジャイアンツの幹部候補生。でも、そういうの、この人には関係なさそうな感じもするんだよね。そんな気がするのです。

つまり、男にとってというか、僕にとっては女性というのは、永遠なものなのだし、男とは見かけも全く違う上で美しいときてるから、余計男は興味というか関心をもつわけで、ただ、女性は男よりも気高く、いつも緊張しているから、あるボタンを押されちゃうと、ふにゃふにゃってなっちゃうんですかね。僕も相当遊んだけど、未だにこの部分はわかりません。

で、僕の女性論はどうでもいいわけで(爆)、とにかく、宇野さんはすごい。彼女が女性として一番旬だった時代が、大正デモクラシーというゆるい時期だったから良かったのか。それとも宇野さんだけが、特に特別なのか。まだまだ人生経験が未熟な僕はよくわかりません。

ただ、自由奔放なのは、宇野さんだけじゃなくて、宇野さんがまだ尾崎と生活をしているときに、萩原朔太郎と尾崎が仲が良かったそうだ。それでたまたま宇野さんが髪型をおかっぱにしたら、萩原の奥さんもそれにならっておかっぱにし、奥さんの場合はこれだけではすまず、ダンス学校の若い男と駆け落ちをしてしまった。宇野さんがフリーセックスで自由奔放じゃないようですね。どっちかというと、時代背景だったんでしょうか。まー、こういうのは、個人の性格なんですかね。かなり、破天荒なところがあります。

で、僕は宇野さんが東郷青児と一緒になり、その後39歳くらいの時に別れたところをちょうど読み終わったところです。この本、名作だぞ。この本は、宇野さんが85歳の時に書いた本なので、まだ、半分も読んでない。その2もいずれ書きます。

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