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江~姫たちの戦国の基礎知識-豊臣秀吉

あの戦国時代を収めようとしたのは、織田信長だけど、実際に平定をしたのは、豊臣秀吉、それを安定させたのは、徳川家康です。このドラマの江は、いずれの武将とも深い関係があります。以前信長のことを書いたら、やっぱり豊臣秀吉の事を外すことが出来ません。秀吉のことを知っていると、ますますこのドラマは面白くなるはずです。

秀吉って言うと、武士出身じゃなくて素性のはっきりせず、しかも猿のような容貌だったものが、織田家に仕えて、しかも当時の当主が内外でうつけ者と言われた信長であり、その信長に仕えたことで立身出世し、最後は関白までになったというジャパニーズドリームを地で行ったような人だということは、誰でもが知ってると思うので、これを知っていると、豊臣秀吉が面白くなるということを紹介したい。

夫婦喧嘩を仲裁した信長

まだ、秀吉が木下藤吉郎と称している時だと思いますが、奥さんのねねが、旦那の藤吉郎は浮気をしてどうしょうもない。なんとか本人に説諭してくださいと信長に泣きついたことがあり、それに対して、信長がねねに対して送った手紙が現存してます。

どんな事が書いてるかというと、

なかんつく、それのみめふり、かたちまて、いつそやみまいらせ候折ふしよりハ、十の物廿ほともみあけ候、藤きちらうれん\/ふそくのむね申のよし、こん五たうたんくせ事候か、いつかたをあひたつね候とも、それさまほとのハ、又二たひかのはげねすみあひもとめかたきあひた、これよりいこハ、みもちをようくわいになし、いかにもかみさまなりにおも\/しく、りんきなとにたち入候てハ、しかるへからす候、

現代語訳では、

以前に会見した時より、遙かに綺麗になっている。お前のように美しい女房をもちながら、藤吉郎はしきりに不足を言っているとのことだが、それは言語道断である。どこを捜してもお前ほどの女を二度と再び、あの禿鼠めが女房にすることができるものか。これより以降は身持ちを陽快にして、いかにも妻女らしい重々しさを示し、かりそめにも嫉妬がましい素振りがあってはならない

このあたりは、信長、秀吉、ねねの間で虚々実々の駆け引きがあったと思う。信長は秀吉のことをはげねずみって言ってますね。おもしろい。信長らしいです。司馬さんもご自身の本でこの逸話を載せてます。それを読んでるから僕が知ってるだけなんだけどね笑

羽柴、豊臣

苗字についても、面白い逸話がありますよ。

木下藤吉郎から、羽柴秀吉になるんだけど、この羽柴っていう苗字は、当時の織田家の家老で柴田勝家と丹羽長秀がNo.1、No.2だったんだけど、その二人からとって羽柴という苗字にしたのです。秀吉は戦略的なおべっか使いだと思う。

また、豊臣についても、秀吉が天下を平定したときに、幕府を開きたかった。けれども、幕府というのは征夷大将軍じゃないと、開けないことになっていて、征夷大将軍は源氏じゃないと慣れないという決まりになってます。足利氏も徳川氏も源氏だから、征夷大将軍になれたし、信長を倒した明智光秀も源氏なので、朝廷から征夷大将軍の宣下をされているはずですよ、たしか。

秀吉の場合は、世の中的に百姓以下の出身であるということは知れ渡っていて、実は自分は源氏だったといっても世間が信用しないわけです。そこで困った秀吉は、まず足利義昭に養子にして欲しい旨をお願いします。足利秀吉になろうとしました。ところが、義昭が、武門の名家の血を汚したくないということで、断ります。

そこで困った秀吉は、関白になり、公家として日本の政治を司ろうとします。結局、藤原家に養子に行き、藤原秀吉となり、そして豊臣という姓を朝廷に創設させました。ここで豊臣秀吉という名前で後世に知られているということになります。

神になった秀吉、それを真似した家康

また、次週の江では、信長が神になろうとして江から批判をされますが、恐らく信長は神の称号を朝廷からもらうことで、織田家はもともと新興の家でしたから、重みをつけようとしたんじゃないかと推察されます。ところが、信長は明智光秀に本能寺で倒されちゃうから、実現出来ませんでした。

ところが、その信長の後継である秀吉は、その信長の意志を受け継ぎ、自分が神となります。これは豊国大明神というのが、秀吉の神号です。この豊国大明神を祀っているのが豊国神社です。が、しかし、豊臣家は秀吉没後徳川に攻められて滅亡し、滅ぼした家康が今度は神になります。東照大権現。これが家康の神号で、東照宮が神社となります。でも、人間が神様になることはいくらでもあることで、日露戦争の英雄だった東郷さん、乃木さんはそれぞれ神社ありますからね。東京の一等地で。

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