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中学受験

最近は、体重が増えて、完全に肥満体になってしまった。ま、体を壊しちゃったということもあるので、基本的には引きこもってるわけですけど、これがちょっとおデブになってる原因と言えば原因だな。なので、朝は人よりも相当早く起きているので、少し軽めの散歩をしてます。

けさ、歩いていたら、中学受験らしきお母さんと男の子が歩いているのを何組も見かけた。時間的に7時前だったから、早めに行っておこうということなんですかね。年取ったあとから見たら、それほど重要なことでもないけど、それでも生まれてまだ12年しか経ってない子達にとっては、すごく重要なイベントだ。

僕も中学受験組なので、37年前を思い出してしまった。

僕の母親が教育熱心だったということもあるし、僕もある程度その期待には応えていた。当時学年で300人強児童がいたうちに、数名しか私立中学にいかなくて、僕もその一人だったので、母は気分が良かったと思うよ。また、当時の担任だった先生が具合がわるいのに、わざわざぼくの家までお祝いをもって来てくれたことを今でも思い出すね。

僕は当時第一志望は御茶ノ水にあるM大の付属を目指していた。滑り止めで東中野にあるM大の付属と荻窪にあるN大の付属を受験した。僕は四谷大塚の一番下のクラスにいたのですが、第一志望は間違いない、出来れば池袋にあるR大の付属も頑張れ入れるかもしれないと言われてました。たまたま僕の母がM大出身だったので、そこはマザコンだった僕はR大を目指さず、M大を目指した。

余談だけど、今から考えれば、無理してでもR大にいけば、きれいな女の子もたくさんいただろうなと思ったりしてますが、これは後の祭りですな笑

で、受験の結果は、2勝1敗。第一志望のM大附属中学は見事に落ちてしまいました。とても残念だったのは今でも覚えてるんだけど、そこで、東中野か荻窪かどっちするかということになって、僕が決めた結果は、荻窪の学校だった。母は、本当にいいのかと再三僕に聞いたけど、僕は学校の雰囲気が良いというか、グランドが圧倒的に広くて、純粋に良い学校だなと思って、N大の付属に入学した。これは、将来を考えれば、東中野にいけばよかったかも。

入ったこの学校は、とにかく先生が威張っている学校で、なにかしら先生からぶたれていました。特に数学の宿題を忘れると、K先生といういかにも私立にしかいない夏目漱石のぼっちゃんに出てくるような先生が一人ひとりげんこつをくれるのです。もう、亡くなっちゃいましたけどね。面白い先生でした。それと、OBの多い学校でした。だから、先生が先輩面するんですよね。

中学高校が一緒の学校に入ると、のびのび学校生活が楽しめるね。特に付属の大学に行こうというのであれば、受験勉強する必要もないし、日々の試験さえ、普通にやっていれば、上の学校にいける。最近は高校の同級生と色々やり取りをすることが多くて、凄く仲良くしてもらってるんだけど、思うのは、中学からそのまま上に上がってきた奴と、高校から入ってくる奴の顔つきが今でも全然ちがうということ。

僕らのような中学から上に行った連中は、先生からある種の啓蒙教育を受けます。どういう啓蒙教育を受けるのかというと、高校から入ってくる奴らには負けるなというのを朝から晩まで言われるのです。先生は、高校から入ってくる人たちを、「外部」と呼び、高校から入ってくる連中は、お前らと違って高校受験を合格して入ってくる。中学のレベルは低いけど、高校のレベルはそれなりに高いから、そういう受験戦争に勝ち残ってきた奴らが入ってくるんだぞ!!とよく言われたものです。だから、もっと勉強せいということですね。ただ、ぼんぼんの僕らは、馬耳東風。右から左へ抜けちゃったのでした。

中学出身者特有の顔ですわw

たしかに、今でもそうだけど、下から上がってくる連中は僕を含めて今でも甘ったれた顔をしてる。でも、高校から入ってくる人たちは、やっぱり目から鼻に抜ける感じで、隙だらけの僕らとは全然ちがうんですよね。もちろん、外から入ってきた人でも何人かは例外がいますけどね笑でも、僕は、この学校では色々とあったけど、良かったと心から思ってます。

ま、脱線しちゃいましたが、これから受験シーズン。あとから見たら、たいしたイベントでもないので、これしかない!というような思い込みをしないで、頑張って欲しいのです。

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