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臼井六郎

昨日のテレビ朝日のドラマで昨日「遺恨ありー明治十三年最後の仇討」というドラマを見ましたが、シナリオ、キャステイング共にほぼ完璧。江でへなへなになっていた僕としては大変見ごたえのあるドラマを久しぶりに見ることができた。

どう言う内容かというと、主人公の臼井六郎が10歳の時に、両親が攘夷派に惨殺されるも、攘夷派の国家老によって理不尽な裁定により、敵討ちも却下され、かつ、主君への忠誠心が足りないということで家禄も減らされてしまうということになり、幼い六郎が敵討ちを決意する。しかし、明治維新によって太政官政府が成立し、さらに明治6年には太政官政府は敵討ち禁止令を発布する。しかし、六郎は敵討ちを諦めず、明治十三年旧主君邸で親の敵を見つけ出し、そこで敵討ちを果たすというもの。ただ、このときは敵討ちは、人殺しという罪に当たり、六郎は逮捕、起訴。そして終身刑を科される。しかし、六郎が模範囚ということもあり、帝国憲法発布の恩赦で明治二十四年釈放される。

というすごい生涯です。

その主人公臼井六郎を藤原竜也くんが完璧に演じた。彼は素晴らしい俳優ですね。

ちなみにこの臼井六郎の写真が現存している。

この写真を見る限り、キャスティングをしたテレ朝は、藤原くんを意識したんですかね。それにしてもよく似てます。

で、この臼井の件については、「青春の城下町」というサイトに詳しく記事が載っていて大変勉強になりました。この事件について、さらに理解していただきたく、転載します。

明治13年12月17日、六郎は黒田邸を物陰から見張り、一瀬が館へ入るのを見るとすかさず後を追い、階段を上りかけた一瀬に向かって「親の敵、覚悟せい。」と叫んだ。一瀬は最初ぎょっとした顔をしたが、すぐ翻(ひるがえ)し階段を駆け上ろうとした。そこで六郎は後を追い、13年来の仇一瀬に向かって短刀を突き立てた。引き抜いてはもう一度刺した。それから頸動脈を切断して一瀬が絶命したことを知ると、六郎はゆっくりと館をでた。
騒ぎを聞きつけ二階の窓から、たまたま六郎を知っていた者が「六郎、何をしたのだ!」と問いつめたが、六郎は、「邸内を騒がせ誠に申し訳ない。多年の恨みを御邸で引き起こした事について深くお詫び申し上げる。」と深々と一礼し、門前の人力車に乗って警察に出頭した。この知らせを郷里の秋月で聞いた六郎の祖父遊翁は、垣根を飛び越えて隣家に駆け込み、「六郎がやった! 六郎がやった!」と叫び、「今日は我が生涯最高の日じゃ、生きてて良かった。」と泣いた。

敵討ちが前時代では、美徳であったものが、近代化した日本では殺人罪と一転価値観が変わってしまう日本で、六郎はどう言う思いをもって敵討ちをしたのかと思うと胸が痛みますな。この話は地元では相当有名な話のようで、この話を吉村昭さんが、書き下ろしたのが、「敵討」という本で、今アマゾンで見たら、文庫本420円!安いね。若い人達は、くだらないビジネス書を読まずにこういう名著を読みましょう。ちなみにこの吉村さんは、桜田門外の変という大作も書かれています。こちらは映画にもなりました。

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