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おひさま第二段階

NHKテレビ小説「おひさま」は、主人公の陽子が師範学校を卒業して、自分の母校の小学校で教師になることから始まった。師範学校時代はしっかり端折られていて、ストーリー上仕方がないかなという感じです。

その第二段階が、今週から始まってるんだけど、学制も代わり、尋常小学校と高等小学校が統合されて国民学校と称されるようになり、児童たちも少国民と呼ばれ、学校も将来の兵士を育てるための教育機関に変貌してしまったということから、色々と問題が発生するということですね。

僕の涙腺が緩むのは、この太平洋戦争ネタなんです。日本が軍事国家となって周辺国に迷惑をかけるだけかけたのは、これは明らかに石油問題で、当時石油はアメリカからの輸入に頼り切っていて、それを止められると日本が立ち行かなくなるということで、偏狭なナショナリストがまず満州に侵攻し、そこで石油が出ないということがわかると、今度は東南アジアに侵出するという、場当たり的という自分本位の行動をしたことで、世界中を敵に回してしまい、そして戦争が始まったということになりました。

政府及び軍部上層部は、結局戦争への道を選ぶんだけど、まともな人達はこの戦争がいかに無謀か、やったら確実に負けるということは分かっていたみたい。ただ、負けるって言っちゃうと命さえ狙われるような時代だったので、黙っていたということだよね。

また、亡くなった母も言ってましたが、この戦争は負けるって思っていて、当初から厭戦気分が国内に満溢していて、それを感じ取った政府及び軍部が、憲兵を使って反戦発言をする人間をかたっぱしからしょっぴくという暗黒国家だったと僕は思うのです。まさしく、警察国家で、日本は北朝鮮や中東のワンマン国家に何も言えないよ。

大日本帝国という国は、徳川幕府が異国からの侵略に対抗できないということで、そのためには強力な統一国家の成立が必要で、多くの有志の命がけの戦いで成立した。つまり、これは明治維新のことです。明治国家は、他国からの侵略を防ぐために成立した国家で、他国を侵略するということは最初から含まれていませんでした。

ところが、日清戦争、日露戦争で勝利し、第一次世界大戦でも勝者側に立ったことで、一躍アジアの大国となり、ここから日本はダメになっていきますね。司馬さんは、この時の日本を夜郎自大だって言ってます。僕もそう思う。謙虚のかけらもないし、世界に冠たる武士道精神が全く見られない。ここが島国の運命みたいなところで、ヨーロッパのように負けと勝ちの繰り返しを経験してないから、勝ちっぱなしだとどうなるかということが歴史的に分かっていない。せいぜい古代に白村江の戦いで大負けしたことと鎌倉時代にモンゴルが攻めてきたときくらいが、他国の侵略の経験みたいなもので、これは国民にとっても悲劇だったと思う。ちなみに白村江の大負けは大変だったみたいで、いつ唐がせめてくるかわからないということで、天智天皇が奮迅の活躍をしたらしい。

しかも、日本は、兵士になるということが男の子にとっては最も崇高なことで、戦うことは尊いことだということを洗脳教育していった。これは今の北朝鮮と全く変わらないわけです。今日のおひさまでも、陽子先生が児童たちにあなた達の夢は?と問うと、「自分の命はお国のために死ぬ覚悟ですから長生きできません」と男の子が答えます。これは本当にそうだったと思うのです。

だから、戦争が終わって、あれだけ戦中は鬼畜米英などと国民を煽った先生たちが、世の中が変わるとアメリカ様と敵だった相手を敬う態度は、当時教育を受けた僕らの親の世代は誰を信じていいのかわからなかったでしょうね。本当にかわいそうだったと思います。本当にね、母が生きていたら、もう少しこのあたりを聞けばよかったなってすごく思うわけ。

ま、おひさまにもどると、陽子が赴任した学校には、小学校の担任の夏子先生がいます。陽子は夏子先生に憧れて、教師を目指すんですが、この時に、どういう先生がいい先生なんだろうという話題になり、夏子先生は児童たちが成長したあとに思い出に残ってる先生がいい先生だといいます。

その流れで行くと、僕は誰かなって思うと、小学校6年の時の担任の先生かな。病弱な先生で、5年と6年の時の担任の先生だったけど、半分くらいしか学校に来れなかったんじゃないかな。斎藤先生という女の先生でしたけど、僕らが小学校を卒業して亡くなっちゃう。僕は富士見台のご自宅までお葬式に行きました。僕も、知ってる人は分かるけど、こういうキャラなので、先生から可愛がられた。彼女との思い出は色々とあるんだけど、一番の思い出は、僕が中学受験で合格して、わざわざ金杯を家まで届けてくれた。届けてくれた日は、今でもはっきり覚えてるけど、家の前の空き地で遊んでいたら、先生が歩いてきて、これからあなたの家に行くって僕を呼び止めて、家まで行き、で、母にこの度は本当におめでとうございますと頭を下げてくれた。今でもそのことを思い出すと、涙腺がゆるむね。

ちなみに楽しかった中高時代は担任にはあまりいい思いでない。それ以外の数学や柔道の先生はよく覚えてる。なんでかっていうと、よく殴られたし、柔道の先生にいたってはいつも投げられてた。そのおかげで僕は寝技が得意になった爆

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