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役割について

民主党の代表が野田さんになって、本当によかった。これが海江田さんになっていたら、政治的に空白になるのが目に見えてる。海江田さんも馬鹿だよな。自分が代表になっても、小沢さんに支配されるのは目に見えてるし、そうなれば権力の二重構造でバカ自民党からやいやい言われて、また泣かされちゃう。

そもそも海江田さんは、野末陳平なんかとどうすれば家計を節約できるかとかそんなことをずっと言ってきた人だと思うんだけど、そういう細かい実務をやってきてる人が総理になるのは、別の意味で国難になっちゃうし、よかったですよ、総理にならなくて。

少しまじめな話をすると、政治や国を運営していく人は、絶対に歴史を勉強してもらいたいと思うのですが、政治を司る人には、それなりの役割というのが確実にある。特に変化期ではなおさらそういうことがあり、それは過去をみればよくわかる。

戦国時代であれば、織田信長が現れて従来のものをぶっ壊したけど、やり過ぎて明智光秀に倒された。その後、豊臣秀吉が登場して天下を統一し、徳川家康が乱世を治めた。徳川時代が続いてよかったかどうかは、難しいところだけど、平和な時代が300年続いたというのは、徳川時代の功績と言えば功績だ。

吉田松陰

幕末だと、まず吉田松陰が思想家として世に現れ、危機を警鐘して、その後坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎、高杉晋作が現れて、幕府を倒し、その後輩である伊藤博文や山県有朋が明治政府を完成させた。で、こういう変革期って言うのは、世にはびこるのはだいたい第三世代って決まってるんですよね。つまり、いいだしっぺとそれを実行した人はだいたい非業の死を遂げて、ある意味彼らの屍を超えて彼らの後輩が正常していくという流れです。

この幕末から明治にかけて最大の悲劇は、西郷隆盛の滅亡にあると思うね。

つまり、西郷さんは明治維新の象徴であり、実際に最大の原動力になった訳ですが、彼は明治維新後の日本については、堯舜の世にするというイメージしかなかった。つまり、人格者が国をまとめていくという、かなり具体性のないものだったし、西郷さんも自分の役割は、幕府をぶっ壊すことで、細かい具体的なことは自分にはできないということをよーくわかっていたようです。ところが世間は、明治維新の絶対的な英雄という目で西郷さんのことをみていて、それは西郷さんに相当プレッシャーだったと思うね。一方で海外を見て回った大久保利通は、維新後の国家像というのは明確にあって、外国から侵略されないように近代国家を目指す。富国強兵だったり、殖産興業といったもの。

人物的なレベルは、幕末の人たちと比べようもないけど、民主党についてもずっと小沢、鳩山、管の3人が代表を持ち回りでやってきた訳で、そのうち鳩山さん、管さんは総理を務めて、あまりにも実務ができない人だと言うことは、世間が知ってしまった。つまり、この3人の役割は政権交代にあった訳で、本人たちもこの2年でよくわかったとおもうんですよね。

あとは、野田さんや前原さんといった小沢さんの世代よりは若い実務のできる人たちに任せた方がいい。野田さんたちは、カリスマという点では小沢さん世代と比べれば全然足りないけど、実務という点でみると、野田さんの世代の方がずっとあると思うんですよね。

桂太郎

過去にこういう話があります。日露戦争が始めたのは、桂太郎内閣で、こちらは伊藤博文や山県有朋といった元老の一つ下の世代でした。伊藤博文の代だと後は西郷従道(西郷隆盛の弟)といった強烈な人たちがいて、当時は二流内閣と言われました。それでも、西郷さんや桂小五郎、大久保利通からみたら、伊藤や山形は小物って言われました。ところが、この若い内閣が日露戦争遂行内閣となり、結果的に勝利をしました。ちなみに、この内閣には小村寿太郎山本権兵衛といった歴史に名前を残す優秀な実務家がいましたけどね。

だから、小沢さん世代においては、創業したという意識があるかもしれないけど、その意識が、彼らが政治家ということもあり、失敗するとろくなことにならないということを彼らは知るべきだし、先日もブログに書きましたが、引退するべきだと僕は思うね。

政治家の人たちは幕末の人たちが大好きだと思うけど、こういうときこそ、司馬さんの翔ぶが如くとかを読んで、大久保、桂、西郷さんは大仕事を成し遂げた後にどういう苦悩を味わったのか、また、それを引き継いだ人たちはどういう仕事をしたのか、そういうことを再点検するべき。世代交代のことをよく学ぶべきだと僕は思うのです。

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