0 Shares

昨日の坂の上の雲ー日本海海戦

昨日の坂の上の雲は最終回でしたが、NHKの気合を十分感じ取ることができ、キャスティングがやや年取り過ぎじゃないの?と思ったりしましたが、最終回を迎えてコンテンツが十二分カバーした素晴らしい出来でした。

ここ数年篤姫以来「天地人」、「龍馬伝」、「江~姫たちの戦国~」と大河ドラマに関して言えば3年間がっかりしていたということもあり、この坂の上の雲は実に見応えのある迫力のあるドラマでした。やはり原作がしっかりしていると、あとは脚色とキャスティングでいいものも出来上がるということだね。

で、この坂の上の雲に関しては、映像化が難しいと言われてました。それはあまりにも日露戦争というあまりにもスケールの大きい戦闘シーンが原因だったと思いますが、今回のドラマに関しては、やや端折った部分もなきにしもあらずでしたが、コンピューターグラフィックで実にうまく描写しており、大変リアルな戦闘シーンでした。

このブログでも何度も書きましたが、僕にとって原作の中で一番退屈なのは具体的な戦闘シーンでした。それは戦争シーンを僕の乏しい想像力では思い浮かべられなかったところが一番大きいのですが、ドラマではCGを使って実にうまく再現できていたと思います。僕は感動しながら見てました。

日本海軍が実に素晴らしかったのは、艦隊が1セットしかないにもかかわらず、ロシアの旅順艦隊とバルチック艦隊をすべて沈めなければいけないという大命題があり、それは実現が不可能だろうと言われたところを、東郷平八郎の指揮、そして秋山真之の作戦によって見事に実現したことです。東郷の指揮については、司馬さんは無謬と言ってます。無謬とはkotobankで調べてみると「理論や判断にまちがいがないこと。「推論の―性」」という意味で、完璧だったということです。

しかし、この戦争の勝利によって、日本は亡国の道を歩んでいきますね。このあたり、「失敗は成功のもと」の真逆を日本は進んでいったのですが、あとは太平洋戦争時に、人物を得なかったということも大きい。つまり、伊藤博文はいたのか?児玉源太郎はいたのか?小村寿太郎はいたのか?山本権兵衛いたのか?秋山真之はいたのか?すべてノーで、それであれば日本が戦争に勝てるはずがありません。

話は坂の上の雲に戻しますが、ドラマの最後のほうで渡辺謙さんのナレーションで、この時代ほど楽観的な時代はないというくだりがあります。これは、当時の日本が明治維新によって近代化を始めたばかりで、それを遂行していくためにはどうしても人材が必要で、それを国はすべての国民に求め、国民も頑張ればいいことがあるということを信じて疑わないという無邪気なところがあり、それが国民に希望が広がり、国の政策と国民の希望がうまくフィットしたんじゃないかと思うのです。

今の日本の政治に不足しているのは、この希望を国民に希望を与えることだと僕はこのドラマを見て強く思うようになった。財源が足りないんだったら、消費税を上げるのは構わない。ただ、上げたときに未来の日本はどうなるのかということを政治は国民に示すべきだと思うけど、それをしないからますます日本は停滞するじゃないでしょうか。

この坂の上の雲のドラマは、結局3年間かけて放映されて、キャスティングもドラマの内容も実に良くできて、僕にとっては大河ドラマでがっかりしていたので、年末ギリギリで十分楽しませてもらいました。

ちなみにこの坂の上の雲の主人公は、今更ですが秋山好古真之兄弟と正岡子規です。子規は前半で亡くなってしまうので、実質的には秋山兄弟が主人公なんですけど、世間で言えばこの二人は無名です。ただ、彼らが成し遂げたものが実に大きいのですが、それを探しだしてきて、多くの人に知らしめたところに僕は改めて司馬遼太郎さんの眼力の凄さを改めて感じるのです。


この記事が気に入ったら
いいね!しよう